長い旅を往く。/lager への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルによる簡単な感想です。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。ただフィンディルの解釈する方角が正解というわけではありませんので、各々の解釈を大切にしてくださればと思います。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 ネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。





長い旅を往く。/lager

https://kakuyomu.jp/works/16818093074825862745


フィンディルの解釈では、本作の方角は北北東です。

なお執筆時点で「短い旅を終える。」も読了済みです。


東の要素も一応ある(真北ではない)と思いますが、あまり東は強くないものと考えています。

理由は二つ。

ひとつめは(lagerさんも仰っていますが)、終わり方が北的である。

冒頭の場面・文章をそのまま最後に持ってきて、さらに文章を足して締めにするという手法は北向きでよく用いられているものです。文章を足すことにより物語に深みなり真実なりを与える。すごく綺麗な終わり方なのですが、その着地感は北を感じるものと思います。

とはいえ個別の演出ですので、これだけで方角を決定づけることはないものと思います。


二つめ。これがフィンディルとしては大きい。

全体的にクイズ感が漂っている。視点者は誰でしょう、本作の物語構造はどうなっているでしょう、のクイズ感が強い。

「第1話」を読んで「第2話」冒頭に入ると、視点者が変わったのかな? と感じます。「第1話」の視点者の息子に視点が移ったのかなと。しかし「第2話」で脳卒中とアスパラの天ぷらのワードが出ると、単純にそういうわけでもなさそうなことに気づく。これって本当に「第1話」の息子の視点ということでいいのか? となる。

そして「第3話」になるとさらに視点者が移ったように感じられ、このあたりから「本作の視点システムはどういうギミックなのか」「本作の物語構造はどうなっているのか」を推理する頭で読み進めるようになります。

これが、すごくクイズ的。


フィンディルの感覚に過ぎませんが、クイズって真北でこそないのですが東は弱いものと思います。「小説のクイズ化」は確かに東的な小説コンセプトではあるのですが、「小説で変わったことしよう」と思ったときにすごく出てきやすい着想なんですよね。“意味怖”も「小説のクイズ化」ですが、あれは市民権を得ていてもはや真北ですし。

なお本作の視点ギミックについては「一族のなかで視点が次々に移り変わっている」「視点者は一人で時系列が次々に移り変わっている」「視点者も時系列も次々に移り変わっている」「特定の誰かの視点というわけではなく、一族を一人として扱うかのような特殊視点を採用している(一族という個人の視点)」のいずれかだろうと思います。

「短い旅を終える。」を読んだうえでは「視点者は一人で時系列が次々に移り変わっている」が丸いかなと思います。もちろん両物語で違う点もあるでしょうから一概に判断できるものでもないでしょうが。


終わり方がエンタメ手法である、クイズ感が作中全体に漂っている、以上から本作は北北東が妥当だろうと考えます。


そしてこれはフィンディルの妄想ですが、lagerさんは本作をクイズにするつもりはあんまりなかったんじゃないかという気がしています。「小説のクイズ化」をメインコンセプトにしたわけではないのではないかと。

「応援している大関が黒星を付けられる」が親子で重なっていたり時系列がグチャグチャになっていたり生まれ変わったりなど、作品コンセプトとしてはむしろ一族の一個生命化といいますか、一族として世代を継いでいくがそれは独立した個人が並んでいるのではなくひとつの魂が息づいて長い時を渡っていくのだ、というような趣旨を持たれていたのではないかとフィンディルは解釈しています。

単純な輪廻転生ということではなく、一族という船に乗って魂が悠久の時を渡っていくニュアンス。

システムとしてのギミックは「視点者は一人で時系列が次々に移り変わっている」だが本作で描きたいのは「一族の一個生命化」なんじゃないかな、とフィンディル個人は受けとりました。そのエッセンスを加味すると視点者が誰なのかというのは割と些末な話になります。

そういう意味で「本作は視点ギミッククイズです!」と扱われるのは、lagerさんにとって少し不本意なのではないかと妄想しています。


ただ、ここが本作の一番の課題であり、東に向ききらない理由であるように思います。

本作は「本作はクイズと思って楽しむ作品である」「本作はクイズと思って楽しむ作品ではない」のアナウンス処理がしっかりできていないようにフィンディルは感じています。


クイズと違って「小説のクイズ化」は、読者にクイズに取り組ませるために「本作はクイズと思って楽しむ作品である」とアナウンスする必要があります。アナウンスとはもちろんそのままのアナウンスではなく、何らかの作中表現によって読者にそうと察させることです。

読者はクイズと思って小説を読み始めないので、クイズっぽい雰囲気を感じてもすぐにクイズに取り組むことはありません。まず「これってクイズ的に楽しんでいいのかな?」を考えます。クイズ作品なのか非クイズ作品なのか。

それは「本作には正解相当がある」「本作には正解相当がない(しっかりした設定がない)」を考えることを意味します。正解相当がありそうだ、なさそうだ。

本作なら「一族のなかで視点が次々に移り変わっている」「視点者は一人で時系列が次々に移り変わっている」「視点者も時系列も次々に移り変わっている」は正解相当であるといえますが、「特定の誰かの視点というわけではなく、一族を一人として扱うかのような特殊視点を採用している(一族という個人の視点)」はおよそ正解相当であるとはいえません。設定としてすごくぼんやりしていますから、正解相当としては不適当です。

クイズとして成立する正解相当がないにも関わらずクイズ的な考察を入れてみても仕方がありません。読者は骨折り損です。なのでまずクイズ的な考察を入れてみてもいいかどうかを読者は探る必要がある。


しかし本作はそのアナウンス処理がしっかりなされていないように思います。「裸単騎」「アスパラ」みたいに論理的な考察を入れられそうなところからは正解相当が存在しそうな気もするが、作中に漂う茫漠とした空気感からは正解相当が存在しなそうな気もする。

アナウンス処理は作中のどこに入れていいものと考えていますが(“意味怖”は作品最後にアナウンス処理を入れるのが基本ですし)、本作は最後まで読んでもこれがクイズなのか非クイズなのかが判然としないのが気になりました。

これだとクイズ的に読む気持ちと非クイズ的に読む気持ちが半々になるので、中途半端になってしまいます。本作の楽しみ方の択が絞れないのです。「その作品の楽しみ方がわからない」は読者の感性が原因である場合も多々ありますが、「その作品の楽しみ方の択が絞れない」は作品側のアナウンスが不十分である可能性が高まるものと思います。


もし非クイズな楽しみ方がメインであると想定されているなら、「本作はクイズと思って楽しむ作品ではない(楽しむ必要はない)」というアナウンス処理を作中のどこかに入れる、あるいは視点ギミックをひととおり理解させたうえでそのギミックを発展・深掘りする制作方針をとる、のいずれかが東作品としては無難であると思います。

フィンディルは本作について「クイズ感が漂っているから北北東」としましたが、それは「クイズ要素があるから北北東」ということではなく、「クイズと思わせる思わせないの制御がきいていないから北北東」という意味です。

非クイズな楽しみ方がメインであると想定されているかつ上述したような向上・調整ができていれば、もっと潜り甲斐のある作品になっていただろうと思います。方角としてももっと東に傾いていたでしょうし、あるいは東向きかつ西向きという解釈可能性も生まれたかもしれません。


逆に本作を(正解相当のある)クイズ的な楽しみ方をメインと想定されていた場合は、ちゃんと正解できるように作られているのかについて気になります。

クイズ制作の話になりますが誰も正解できない難問を作るのはめちゃくちゃ簡単です。が、クイズとしての価値は低い。きちんとチャレンジすればちゃんと正解できる(あるいは正解できそう)ようになっている難問こそクイズとしての価値は高いし、制作難度も高い。

仮に本作がクイズ的な楽しみ方をメインに想定した小説であったとした場合、ちゃんと考察をかければ正解相当に辿り着ける推理導線が整備されているのかは疑問を挟む余地があるように思います。

たとえば「応援している大関が黒星を付けられる」という具体的な要素はギミックを考察するうえでの論理的な手がかりになるものと思いますが、「短い旅を終える。」を読んだかぎりでは親子それぞれが偶然「応援している大関が黒星を付けられる」を有しているようです。しかもたまたまそうなだけ。これはクイズとしてはさすがにアンフェアだろうと思います。正解できるようになっているようには見えず、クイズとして解く楽しみを提供できているようには見えない。小説としては一族の一個生命化の表現だとしても、クイズ的に楽しむうえでは関係ありませんしね。


そういう意味でも「本作はクイズと思って楽しむ作品ではない」とlagerさんは想定されているんじゃないかとフィンディルは考えています。ならばなおのことクイズ感の制御が大事だろうと思います。

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