春の夜、銀色のりゅうさんがきた。/桜庭ミオ への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルによる簡単な感想です。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。ただフィンディルの解釈する方角が正解というわけではありませんので、各々の解釈を大切にしてくださればと思います。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 ネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。





春の夜、銀色のりゅうさんがきた。/桜庭ミオ

https://kakuyomu.jp/works/16818093074249755207


フィンディルの解釈では、本作の方角は北西です。桜庭さんの宣言と同じですね。


本作みたいに、物語が始まりそうなところで終わるという作品はエンタメ短編でも見られると思います。第一話型の掌短編とでもいいますか。

中長編相当の物語が動きだすところで終わり、その先の展開・物語を読者に想像させる。こういった作品は真北でもたまに見られるものと思います。

ただ本作はそういった第一話型のエンタメ短編とは違った手触りがあるように思います。


第一話型のエンタメ短編って、起承転結の起のなかで起承転結(あるいは序破急)を描くのを仕組みとして採用しているのが常だと思います。

物語が始まりそうなところで終わるんだけれども、起だけで終わったような感じがするんだけれども、実はそのなかでちゃんと起承転結相当を組んでいる。なので物足りないようでいて一定の満足感はある。

ただ本作はそれよりもなお早いタイミングで物語を切っているような印象がありました。もっと切り詰めている。

起承転結の起のなかの起承転結の承くらいで終わらせているというイメージでしょうか。第一話型のエンタメ短編ならもうちょっと読者に物語を食べさせているだろうなと想像します。それこそ(桜庭さんが仰ったように)「わたし」がりゅうさんの背中に乗って飛ぶくらいまで、「わたし」とりゅうさんの出会いはしっかり描ききるのが第一話型エンタメ短編の定石だろうと思います。

まずここが、第一話型のエンタメ短編とは違う印象を受けました。


もうひとつ独特な手触りだなと思ったのが、終わり方です。

―――――――――――――――――――

 ピュウッと、つめたい風がふく。さむいな。


 あれ?


 ふわっと香る、あまいにおい。


 春月草のにおいだ。

 桃色のかわいらしい花で。春の夜にさく。


 わたしは、うれしい気持ちになって、ニコニコ笑う。


「春だね」


 キュルルル、キュルルルと、りゅうさんがないた。

―――――――――――――――――――

春の訪れを感じるという終わり方をしているのです。これが独特というか、桜庭さんらしいなと感じたポイントです。

「わたし」の部屋にりゅうさんがやってくるというのは、読者にとってはもちろんですが「わたし」にとっても非日常なのです。本作は非日常の場面を描いている。そして「わたし」は非日常の対象であるりゅうさんについてここまで注目をしている。

しかし最後で「わたし」は春の訪れという穏やかな日常へと意識を移したんですよね。この日常と非日常の急なスイッチングが、すごく独特な読後感を残しているように思います。何も始まっていないのに、終わったことへの納得感がもたらされたといいますか。これは(その先の展開を想像したくなる)第一話型のエンタメ短編の読後感とは全く異なるものです。

桜庭作品を振り返ってみると、確かに物語の終盤に日常と非日常がスイッチすることがままあるんですよね。急に日常になった、急に非日常になった。これがただの外連味なら“ひねり癖”で終わるのですが、桜庭作品の場合には説得力があるのもまた特徴ですね。本作も春の訪れの日常にスイッチして本作が終わっているのですが、そこへの抵抗感をフィンディルは覚えませんでした。

これをどう評価するかは読者それぞれでしょうが、少なくともエンタメ的な予定調和とは一線を画す仕草であることはおよそ間違いないと思います。なおフィンディル個人としては、日常と非日常がスイッチする終わり方は桜庭作品の魅力の一端と捉えています。日常への急なスイッチングは、西向きの演出として数えることもできるでしょうし。


桜庭さんも仰るとおり、りゅうさんにまつわる設定に文字数を割いているところなどはエンタメファンタジーらしいところで北を感じさせるものです。もちろん「わたし」とりゅうさんの出会いを描くチョイスも、非日常のチョイスということで北的です。

ただ第一話型のエンタメ短編と比較してもなお切り詰めた構成や、日常にスイッチしての終わり方など、エンタメ的な作話を強めに否定するような箇所が見られるので北西相当とフィンディルは考えます。北の土台を整えたうえで西の意匠を凝らす、ではなく、北の土台の抜きにくいジェンガブロックを数本抜いている感じがあって、北には寄せにくいなと感じました。

西を肯定する北西というより北を否定する北西という印象です。


というのを踏まえた指摘を行います。

本作を読んで感じて、また応援コメントへの返信でも窺えることなのですが、北西を指すことを目標にしすぎなのではないかという気がしました。

「西を肯定する北西というより北を否定する北西」がまさにそうなのですが、とにかく北っぽくないことをしよう北北西にならないようにしよう、という意図が出すぎているように感じました。

もちろん「馴染みのない方角を目指してみましょう」というのは方角企画の趣旨ではありますし、作品の目的は作者それぞれ作品それぞれであっていいと思います。ただせっかくなら目当ての方角を指すだけでなく、その方角の面白みに触れて表現してみることもセットで考えられてみるともっと楽しいんじゃないかなとフィンディルは考えます。

「作品の方角」というのは飽くまで面白みを分類するツールに過ぎませんしね。北西を指すことをゴールにするのではなく、北西を指すことをスタートにしてみるともっと創作も本企画も楽しいんじゃないかなとフィンディルは思います。


第一話型のエンタメ短編と比較してもなお切り詰めた構成、桜庭さんはこれを北西を指すための工夫として運用されていると思います。ではこれを本作の特色としたとき、この特色を活かして本作をより面白くするためにどんな工夫ができるのか。

桜庭さんにはこれを是非考えてみてほしいなと思います。


たとえば、りゅうさんにまつわる設定に文字数を割いているところ。

桜庭さんはこれを「北に向いてしまいかねない要素」として危惧されてらっしゃいますが、フィンディルとしては方角云々よりも本作の特色を活かして面白みを出すという視点において調整ができる箇所なんじゃないかなと考えています。

本作はりゅうさんについて、世界観設定の説明という形式で言及している箇所が多いように思います。「作中世界におけるりゅうさん」という見せ方ですね。

ただ本作は物語を切り詰めているので、(第一話型のエンタメ短編に比べても)物語が動かないのです。物語の動かない作品において世界観設定が説明されても、ただの設定披露という見え方になってしまいます。物語を動かすための設定、物語に寄与するための設定、という運用ができずにただ世界観設定が説明されているだけという見え方になってしまう。これが絶対駄目というわけではないのですが、ただ世界観設定を説明するだけで面白みを出すにはかなり高度なSF的技術が必要なので、桜庭さんには合わないだろうと思います。


本作ならば「作中世界におけるりゅうさん」という角度でりゅうさんに言及するのではなく、「わたしとりゅうさん」という角度でりゅうさんに言及するのが合っているように思います。「わたし」は主人公のこと。

「わたし」にとってりゅうさんとはどういう存在なのか、どうして「わたし」にとってりゅうさんはそういう存在なのか、こういう半径の狭い規模感でりゅうさんに言及する。この角度だと「わたし」が深掘りされるようになるので物語が動かない作品でも一定の映えが出るのではないかと期待します。し、桜庭さんの得意分野のはずです。世界観設定については、「わたし」が深掘りされるなかでそれとなく感じられる程度の情報量で(本作には)十分だろうと考えます。

りゅうさんを通して世界観が表現されるような見せ方よりも、りゅうさんを通して「わたし」が表現されるような見せ方が、本作らしいと思います。物語を動かさず設定を映えさせるのはかなり難しいのですが、物語を動かさず主人公を映えさせるのは(桜庭さんにとっては)そんなに難しくないと思います。また、北西らしさがより肯定されるんじゃないかなとも思います。


みたいなことを考えてみても、楽しいんじゃないかなと思います。

北西を指すことをゴールにするのではなく、北西を指すことをスタートにしてみる。そういう意識をフィンディルはオススメします。

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