ハートビートをさらって。/瀬名那奈世 への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルによる簡単な感想です。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。ただフィンディルの解釈する方角が正解というわけではありませんので、各々の解釈を大切にしてくださればと思います。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 ネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。




ハートビートをさらって。/瀬名那奈世

https://kakuyomu.jp/works/16818093074771964189


フィンディルの解釈では、本作の方角は北北西です。


基本は北向きだと思います。

エンタメですよと言われても瀬名さんはピンと来ないかもしれませんが、基本の作品構成はエンタメ小説でよく用いられているフォーマットであると思います。

「設定を有する誰か(視点者)と設定を有する誰かが出会い、交流をし、別れ、視点者が何かを思う」という構成、そんな物語を象徴するアイテム・キーワード。このフォーマットはエンタメで馴染み深いものであると思います。本作は「ハートビート」がキーワードですね。

多くの人が、真北エンタメ小説を読むときと同じようなリズム感・手触りで本作を読めただろうと思います。読み方という意味において、そこから逸脱する感覚はなかっただろうと思います。

「このフォーマットがあるのはエンタメだけだ」というわけではないのですが、仮に非エンタメ小説でもこのフォーマットが敷かれていると非常に読みやすくなるように思います。異国の飲食店に食券機が設置されているときの安心感、みたいな。

なので基本は北向き。


そのうえでフィンディルはどこに西を感じたか。何によって北北西にしたか。

理由はいくつかありますが、最も大きいのは縁の繋がり方と解れ方が緩めだったこと。

これは物語自体というより文字数と構成によるものが大きいとも思いますが、まひろと美涼の人生の交わり方が淡いんですよね。しっかり関係を持ったという印象は強くなく、出会いの見せ方も別れの見せ方も淡い。作中事実だけを見ると(美涼の一通りの情報を知っているなど)ある程度関わっているのですが、作品の見せ方としては縁が繋がりきるまえに解れたという印象をフィンディルは覚えました。もっとも、まひろが美涼の一通りの情報を知っている点も美涼が小学四年生であることを鑑みると、(出会った当初にまひろがあれこれ質問しただけなど)しっかり関わっているとまではいえないかもしれませんね。

真北ならもっと出会いと別れにメリハリをつけるものと思いますが、本作はそのメリハリが淡いように感じたのでそこに西の香りを感じました。人と人との人生が交わりそうで交わりきらない、そんな生々しさを残したうえでのフォーマットという印象です。


他にも西を感じたポイントがいくつかあったので、二つほど紹介します。

ひとつめ。

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 もし私が死んだら誰が最初に気づいてくれるだろうか、という他愛もないことを眠れない夜に考えるのが、いつの間にか癖になっていた。そしてそんな時、私の頭の中に浮かぶ死に方は様々だ。アパートの外階段から落ちて頭を打つかもしれないし、風呂で足を滑らせてバスタブいっぱいに張ったお湯で溺れるかもしれない。もし寝ている間に充電コードが首に絡まったら? 戸締りをし損ねて強盗が入ってきたら。まかり間違って台所にある包丁で自分の胸を刺してしまったら……と、大体この辺まで考えて、

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 てくてくてくてく、とにかくゆっくり歩くものだから、徒歩十分の公園には十五分くらいかかってようやく辿り着く。そうすると、そこそこ広い公園の真ん中、ジャングルジムのてっぺんで歌う彼女の声が、かすかに聞こえてくる。わずかな振動をとらえてようやく息ができたような心地になり、少し足早にジャングルジムのふもとまでたどり着くと、彼女は歌うのをやめて片手を上げるのだ。

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の「まかり間違って台所にある包丁で自分の胸を刺してしまったら」と「わずかな振動をとらえてようやく息ができたような心地になり」が印象的でした。

死因に自身の意思をも発想している点、美涼の存在に安堵を覚えそんな自身を意外がらない点、いずれもまひろを表現する良い叙述だと思います。

これにより「睡眠障害という設定を有している主人公」ではなく「睡眠障害を患うような精神性(精神状態)を有している主人公」という風情になっており、西がふわりと香ります。


二つめ。特に(西として)きいていると思ったところ。

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 予想通り美涼がいなくなってから、あっという間に一週間が経った。週の真ん中で大雨が降り、公園の桜は八割くらい散ってしまった。

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美涼がいなくなったのはまひろの予想通りだったという筆致。

フィンディルの感覚では(まひろが予想通りと断言できるほど)予想通りではありませんでした。確かに件のフォーマット的に美涼がいなくなると想定しておくことは可能ですが、そういうメタなしに(作中事実のみで)予想通りと断言できるかというとおよそノーです。言われてみれば確かにそんな気配あったな、と振り返れる程度。もちろんまひろはメタを有しませんので、まひろの「予想通り」という認識は客観的に見れば半歩先の直感と解釈するのが妥当でしょう。

これを指して「読者と視点者の認識の歩調が合っていない」「読者のメタを前提にしたものであり、視点者の認識に納得感が乏しい」という指摘を投げることもできるのですが、フィンディルとしては読者との歩調や納得感に縛られることなく「まひろにとっては予想通りだったから予想通りなんだ」とする姿は好意的に映っております。

歩調を合わせて納得感を損なわず読者を卒なくアテンドする“キャラクター”ではなく、その人のリズム感で物を考え生きていく有機的な人間としての見え方につながるような筆致であるように感じています。それは西を感じさせるものだろうと考えます。


といった箇所を加味すると、北北西とするのが妥当だと考えます。基本は北だけれども、端々に西の香がある。

ここまでフィンディルが挙げた箇所、(瀬名さんが作品前書きで仰っているとおり)全て瀬名さんの手グセだろうと思います。フィンディルが述べたようなことを考えて施したわけではないはずです。

であるならば瀬名さんには、有機的な人間や交わりそうで交わりきらない人と人との様、そういった西的なものを描くセンスがあるのだろうと思います。この手グセには価値がある。大事にしてほしいと思います。


というのを踏まえたうえで一点だけ指摘を残しておきたいなと思います。

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 誤解がないように言っておくけれど、彼女の歌はお世辞にも上手いとは言えない。息の出方が不安定でよく声が裏返るし、ピッチが安定しなくて頻繁に転調する上、時々信じられないようなタイミングでゲップをする。

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この「誤解がないように言っておくけれど」、これは本作には合わない言い回しと考えます。

さきほどの「予想通り」とバッティングしちゃうんですよね。「誤解がないように言っておくけれど」とまひろは誰に対して言っているのかというと、読者ですよ。もちろんまひろは読者の存在を認識しておりませんが、ちょっと細かいところには目をつむってもらって読者に語りかけていないことにしてもらって読者に語りかけている言い回しなんですよね。

こういう言い回しはエンタメ小説でよく目にしますが、かなり語りに性格を付与する言い回しなんですよね。それこそ「歩調を合わせて納得感を損なわず読者を卒なくアテンドするキャラクター」にしか合わない。あるいは本当に読者を認識している語り手であるなど。少なくともまひろには合わないと判断します。

本作には、読者を卒なくアテンドするキャラクターに相応しい語りと、読者に縛られず物を考える有機的な人間に相応しい語りが混在しているようにフィンディルは感じました。

この「誤解がないように言っておくけれど」が前半に出ることで「この視点者は読者に歩調を合わせてアテンドしてくれる“親切な視点者”だ」と読者が思ってしまって、「予想通り」の妙に対する許容度が下がってしまうおそれがあります。「“不親切”だな」と。

「予想通り」は視点者の言い回しとしては“不親切”な部類に入ると思うので、この“不親切”を“不親切”としてちゃんと活かすためには、本作にそぐわない“親切”は丁寧に排除しておくのが本作には合っているんじゃないかなとフィンディルは考えます。


おそらく「誤解がないように言っておくけれど」も瀬名さんの手グセだと思います。この手グセは、フィンディルとしては良くない手グセだと思います。本作には良い手グセと良くない手グセが混在しているように思います。

良い手グセを活かすために良くない手グセを制御できるようになると、もっと良くなるんじゃないかなと期待します。

制御するといっても「この言い回しは何か違う気がするな」「この言い回しはこの作品っぽくないな」の嗅覚を働かせるだけなので、瀬名さんにとっては難しくないだろうと思っています。

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