詳細不明(※おそらく2003年頃とのこと)

宮崎さんが幼い頃住んでいたのは、裏手に小さな山がある借家だった。

転勤族だった宮崎さん一家は色々な場所を転々としており、その中でも田舎だが住みやすく、近所付き合いも円満な良い土地だったという。


隣家の夫婦は子供がおらず、宮崎さんと生まれたばかりの妹を、実の子供のように可愛がってくれたそうだ。


ある日、発熱した妹を母親が病院に連れて行ったため、宮崎さんは一人で家に残り遊んでいた。


すると、どこからか「おーい」と声が聞こえてきた。人の声だ。

家には自分しかおらず、声の遠さからして、おそらく裏手の山の近くにいる。


その山は借家の大家の私有地だったが、時代もあってそのあたりの線引きはゆるく、よく近所の人々が山菜や筍を取りに入っていた。


一人で山に入るなと釘を刺されていたが、時折そういった人々からお裾分けを貰うこともある。入口までなら大丈夫だろうと宮崎さんは勝手口を開けて、山に向かった。


山道の入口に立つと、声は大きくなった。

しかし、それらしい人影は見えない。


宮崎さんは辺りを見回し――ふと気づいた。

ゆるやかな上り道の先、木々が生い茂るそこに、何かいる。


人間に似た形をしているが、奇妙なことに、全身が真っ赤だった。


それは手を振っていた。

肘は曲げずに手のひらをこちらに向け、上下に大きく動かしている。

手招きというより、交通整理のロボットに似た規則的な動きだった。


顔の真ん中に開いた口は大きく、明らかにパーツの比率が合っていない。

そこから、あの「おーい」という声が出ている。


思わず立ちすくんだ宮崎さんと、それの目があった。


その途端「おーい」という呼び掛けが、「こっちだよ」に変わった。

相変わらずバタバタと手を動かしているが、今度は真っ直ぐに宮崎さんを見つめている。


怖くなった宮崎さんはその場を離れ、隣家へと駆け込んだ。


突然の訪問に驚いた隣家の奥さんは、宮崎さんの話に心当たりがあったらしく「それは多分『ごあんない』だよ」と教えてくれた。


「最近は出なかったんだけど、外から来た人が珍しかったんだね」

「怖くないの?」

「うん。だけど、歳をとると切なくなるねえ。あれは死んでしまった人間の声で呼び掛けるから」


一度応えなかったら当分出てこないから大丈夫、と奥さんは言って、母親が帰ってくるまで宮崎さんを家に置いてくれた。


そして奥さんの言った通り、宮崎さん達がその土地から引越すまで『ごあんない』と呼ばれる何かが姿を表すことはなかったという。

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