2023.11.9
小堀さんが住むマンションでは、エレベーターの壁に二三枚、常に掲示物が貼られている。
内容は町内の催しのお知らせだったり、管理人からの連絡だったりと、ごくありふれたものだ。
小堀さんはそのマンションの5階に住んでいて、エレベーターに乗っている短い時間、それらを何となくぼーっと見ながら過ごすのが日課のようなものだった。
その日、小堀さんは徹夜をしていた。
作業を終えた明け方、眠いどころか妙に目が冴えてしまって、一度外の空気を吸ってこようと部屋を出たのだそうだ。
エレベーターに乗りこみ、いつもどおり壁に目を移す。すると、掲示物が一枚増えていることに気づいた。
しかし、どうも変だった。
貼られていたのは広告紙の裏に描かれた絵だった。
二つ結びの女の子を中心に、その家族と思しき4人がカラーマジックで描かれ、右端に幼い子供の文字で名前が書いてある。
「6かい 604号しつ さたけみな」
それ以外は特に情報も説明もなかった。
まず、見知らぬ子供の絵がエレベーターに掲示してあること自体、そもそもおかしい。
加えて604号室は小堀さんの真上の部屋であり、住んでいるのが独身の男性で、さたけという読みの名字でもないことを小堀さんは知っていた。
きっとアパートに住む子供が部屋番号を間違えて書いた落し物で、それを誰かが貼ったのだろう。
そう結論づけた小堀さんは、絵を丁寧に剥がし、翌日管理人の元へ持って行った。
絵を持つ小堀さんを見て、開口一番、管理人は「会った?」と聞いてきた。
質問の意図がわからず、小堀さんが言葉につまると、管理人は絵を指さしながらもう一度言う。
「これを貼っている人に会った?」
小堀さんは首を横に振った。
すると管理人はため息をついて「ならいい」と小堀さんの手から絵を抜き取った。
「これね、全部嘘だから。604号室にさたけという人は住んだことはないし、さたけの家族にみなという娘はいない。全部作り話。悪いけどそれ以上は言えない」
そう言うと、混乱したままの小堀さんを半ば追い出すように部屋に帰したのだそうだ。
後で分かったことだが、当時マンションにさたけという名字の人間は複数おり、皆一人暮らしか娘のいない家庭だったらしい。
今思い返してみると、あの絵はちょうど自分の顔の辺りと同じ位置に貼られていた、と小堀さんは言う。
「誰かに見てほしかったのかもしれないけど、きっと僕じゃなかったんだろうなあ」
と彼は少しきまりが悪そうな顔をしていた。
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