2023.9.25
数年前に亡くなった春子さんの叔母、絢子さんはとても美しい人だったそうだ。
美人な上にとても温厚な性格で、周りの誰からも好かれていたという。
しかし縁がなかったのか、本人の希望が薄かったのか、絢子さんは独身だった。だから、亡くなった時は付き合いのある近所の方が発見者となったらしい。
春子さんを含む彼女を慕う沢山の人に見送られ、葬儀を終えた絢子さんの御骨は、カプセルのようなものに包まれ、彼女の祖父母の墓に共に入れられた。
春子さんが初めてその墓を訪れたのは、絢子さんの一周忌だった。
仕事の都合で中々墓参りに行けず、内心申し訳なく思いながら、親戚と共に仏花を携えて寺へと向かう。
寺の墓地の区画、その端あたりにある墓は木陰がちょうど差し掛かるような場所で、墓石も想像していたものよりきれいだった。
しかし春子さんは叔母が入る墓を見て、どこかがおかしいと思ったのだそうだ。
その違和感は親戚とともに花を供えようとした時により強く感じ、墓をじっと見た彼女はあることに気づいた。
墓の側面、祖父母の横に新たに刻まれたはずの、絢子さんの名前が見当たらない。
動揺した春子さんが指摘すると「そんなはずはない」と春子さんの父親が墓石に近づく。
だが案の定、墓石を見た途端に「何だこれ」と眉間に皺を寄せた。
「ね、ほんとに絢子叔母さんの名前だけ無いでしょう?」
「いや、それよりも……」
そう言って父親は、墓石から『何か』を指で摘んだ。
ゆっくりとそれを引っ張ると――ずるり、と長いものが引き出される。
春子さんは息を飲んだ。
一瞬何だか分からなかった。痩せ細っている上に黒く変色したそれは、人間の髪の毛によく似ていたが、よく見ると細い植物の蔓だった。
か細い蔓がグチャグチャと丸まり、絡まって、墓石の「絢子」と刻まれたところだけに詰めこまれていたのだ。名前が見えづらくなるほどに、隙間なく。
誰かの悪戯だろうか。
薄気味悪さに親戚中が静まりかえる中、不意に春子さんの父親が「あっ」と声を漏らした。
「これ、つながってる」
見れば、黒い蔓の端は長く地面に垂れ、整然と並ぶ墓石の合間を縫うように這っている。
春子さんたちは蔓を手繰り、出元を探した。
異常に長く連綿と続く蔓を追って、親戚一同はぞろぞろと墓地の外れまで歩かされ、ついにその先にたどり着いた。
そこは、風化して角が丸い石がうずたかく積まれている無縁仏だった。
細い蔓は石の下に繋がっていた。蔓は無縁仏に近づくにつれ生気づくかのように段々緑色を帯び、太くなり、あまつさえ花が咲いていた。
ポツポツと小さな花は周辺の泥をかぶり、茶色と紫のまだら色をしていたという。
「叔母は生前、祖父母の墓参りの度に、通りがかる無縁仏にも手を合わせていたんだそうです」
春子さんはそう言った。
件の蔓はその後、寺の住職に相談し、抜き取ってもらったそうだ。
「縋られたのではと、住職は仰ってました。でも、図々しいですよね。死んだからって同じ土俵に立てるわけないじゃないですか。あんなにみじめったらしい花を見たのは、あれが初めてでした」
彼女は軽蔑しきった顔で、そう呟いた。
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