2023.5.2
もう15年近く昔の話になる。
優子さんは小学生の頃、田舎町の塾に通っていた。塾と言っても各自のペースで教材を進め、終わったら先生が採点をする形のきわめて緩い個人経営の塾で、優子さんは課題もそこそこに集まった同年代の友達と遊び回っていたそうだ。
当時、子供たちの遊びの場はもっぱら外だった。塾の近くには広めの公園が併設した神社があり、優子さんたちはそこでよく遊んでいた。
ある日、友達の一人が公園につくなり「なあ、コックリさんやらん?」と言い出した。
コックリさんは当時小学校で「怖い占い」として流行っていた。
しかし、それは卓上で紙と十円玉を使う占いであり、外でやるようなものではない。
不思議そうな顔をする優子さん達にその子は「おっきいコックリさんだよ」と言い募った。
「地面にひらがな書いて、シートにするの。それでボールが十円玉。みんなで指じゃなくて足置いてさ」
そう言うと、その子は落ちていた木の枝で地面に鳥居マークを書いた。
優子さんははじめ、この提案に乗り気ではなかったそうだ。
コックリさんとしてこの遊びが成立するかも疑問だったし、第一コックリさんは「怖い占い」として学校でこっそりとやるもの、という認識だったからだ。
だがすぐにその気持ちは、「大きなコックリさん」を試してみたいという好奇心に負けた。
それは優子さんだけではなく、一人、また一人と手伝う子どもは増え、みんなでひらがなを地面に書き連ねていった。
分担したおかげで、普段の何倍もある土の「シート」は、すぐに出来上がった。
早速鳥居マークの上に持ってきたボールを置き、そこに全員足を乗せる。
みんなで声を合わせ、最初の文言を唱えようとした――その時だった。
まって、と誰かが声を上げた。
「文字が消えてる」
その言葉に、優子さん達は背にしていた「シート」を振り返る。
たしかにその子の言う通り、せっかく地面に書いた文字の一部が消えていた。
「誰?書いた上を歩いたの」
不満げにお互いの顔を見回すが、誰も名乗り出ない。優子さんたちは黙ったまま、消えた文字を見た。
よく見ると、消し跡が変だ。
まず幅が太い二本の線が、途切れることなく端の「お」から「む」まで走っている。
そこからかくりと曲がって「ふ」。
斜め前に進んで「ぬ」。「ひ」――
跡を目で追っていた優子さん達は、そこでほぼ同時に悲鳴をあげて、一目散にその場から逃げ出した。
跡は「な」の文字の上、優子さん達のすぐ真後ろで止まっており、そこにはきちんと揃った両足の跡が残されていた。
優子さんたちの足よりふたまわりは大きい裸足の足跡だったという。
「一つだけ言えるのは、あのときそのままコックリさんを始めなくて、本当によかったってことかな」
あの時一体何が近くにいたのか、その場にいた誰も分からなかった。
そして、今も分からないままの方が良いのだと、優子さんは笑った。
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