棒(詳細不明)
葉住さんがその棒を家の敷地内で見つけたのは、3ヶ月ほど前のことだったという。
それは、先の方が少しだけ折れた金属の棒だった。体格が良い葉住さんの鳩尾ほどの大きさで、家の裏手、塀との隙間に引っかかるような形で放置されていた。
表面は黒く所々錆びて朽ちていて、退かそうと掴むとボロボロと剥がれ、手に黒い汚れがついて辟易したという。
誰がこんな所に、得体の知れない物を置いたのだろう。
明らかに人目につかないよう置かれた棒に憤りながらも、葉住さんはそれを回収し、粗大ゴミの日に出すべく家の中に一度持ち帰った。
その夜、葉住さんは夢を見た。
夢の中で、葉住さんは部屋の中からぼんやりと玄関のドアを眺めていた。
辺りは暗く、自分が起きているのか眠ったままなのか、いまいち分からない。
すると、突然玄関のドアが強くノックされた。
夜中に何の用だと思ったのも束の間、今度は「大丈夫ですか?」とドアの向こうから声がした。
若い男の声だ。
葉住さんは夢の中ながらも、掛けられた言葉に違和感を覚えた。
大丈夫、とはどういうことだろう?
そのまま黙っていると、男はさっきよりも大きな声で叫びだした。
「大丈夫ですか?返事をしてください!大丈夫ですか?ここを開けてください!」
余程切羽詰まっているのか、声のトーンは徐々に鬼気迫るものになり、ドアを叩く音も次第に大きくなっていく。
葉住さんの頭に近所迷惑の文字が過ぎった、その時だった。
「あけられちゃうね」
突然、耳元で声がした。
周囲を見渡したが、誰もいない。
それは小さな呟きだったが、ひどく嬉しそうで、上手く言えないがとても嫌な感じがした。
――このドアを開けてはいけない。
直感的に葉住さんはそう思った。
しかし、すでに遅かった。
ドアの隙間に、大きな音を立てて先の折れた金属の棒がねじ込まれたのだ。
「今行きます!」という若い男の声。
止める間もなく、あっという間にドアがたわみ、隙間ができていく。
やめろ、と静止したかったが、葉住さんの耳元で、鼓膜を劈くようなけたたましい笑い声が立った。あの声だ。
目の前が急速に霞み出す。
あはははは……あははは……
がこん、がこん!……ぎぃ――ぃいい。
「やめろ、開けるな!」
残された力で必死に叫び――そこで、葉住さんは目を覚ました。
夢を見た葉住さんは、件の棒のことを調べた。
原型を留めていないが、どうやらそれは、消化鳶という道具らしかった。
そして調べるうちに、隣町で火事があったことが分かった。全焼した家屋があるような大きめの火事で、住民に被害はなかったものの、消火活動にあたっていた消防団員一人が殉職したのだという。
火事があったのは、葉住さんが棒を見つけたあの日だった。
事情を何となく悟った葉住さんは、棒を粗大ゴミには出さず、近所の寺に無理を言って引き取ってもらった。
なぜ縁もゆかりも無い葉住さんの家の裏手に棒があったのかは、未だに分かっていないという。
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