2020.12.14

京都の大学生である金子さんが阪急電車を利用したのは、大阪の友達に会いに行くためだった。


夕食の約束をした彼らは梅田駅で待ち合わせをしていた。金子さんは昼の三時頃に河原町駅に着き、運良く大阪梅田行きの快速特急に乗ることが出来た。


休日だったからか、昼間とはいえ電車はかなり混んでいた。

車内は乗客の話し声と停車駅を告げるアナウンスの声、ホームの環境音が重なり賑やかで、陽の光が差し込んでいるせいか、秋口にしては少し暑いくらいだった。


金子さんは出入口近くの手すりに掴まり、ぼんやりと音楽を聴いたり、スマートフォンをいじったりして過ごすことにした。


しかし、目的地に近づくにつれて、金子さんは謎の息苦しさを感じるようになった。


頭がどんよりと重く、妙な気分だ。


たしかに駅を通過する度に乗客は少しずつ増えているが、朝のラッシュ時のように、うまく呼吸ができないほど混雑しているとは言い難い。


長い時間立ちすぎたせいかな、と金子さんはスマートフォンの画面から視線を上に向け――ある一点に目をとめた。


一番近くにある電車の中吊り広告の前に、人の頭が揺れている。


ああ身長が高い人がいるんだな、と思った。


しかし、すぐにおかしいと気がつく。


首が長い。


周りにくらべ、背丈は頭3つ分はゆうに超えているのに、体が同じ位置にある。


不意に、電車ががたついた。

車内が揺れ、広告にぶつかって頭が傾く。

角度が変わって、顔が見えた。


金子さんはその顔を見つめ、息を飲む。


自分の顔だった。

鏡で見るものと同じ顔は何故かすべての表情が抜け落ちていて、目の焦点が合っていなかった。


固まる金子さんの前で、高い位置にある顔はしばらく電車に合わせて小刻みに揺れていたが、ある瞬間、電車のがたつきとともに、人形のような動きでぽかりと口を開いた。


何も無い、暗い空洞が口の中に広がっているのが見えた。


がたん、がたん、と電車が揺れる度、開いた口が、みるみるうちに縦に大きく広がっていく。


そこで我に返った金子さんは、ようやく向けていた目を逸らした。


幸いそこから梅田までの距離は短く、到着まで金子さんは決して中吊り広告の方を見ないようにして、時間が過ぎるのを待ったという。



※ここで、金子さんの言葉を以下に引用したいと思う。

なお、本人も「意味が分からないと思うけど」と前置きされて話されたため、発言の意図が不明瞭な点もあるが、あえてそのまま書き起こしを行った。



「(中略)……周りの人、気づいてなかったんですかね、あれ。最初見つけた時、自分の顔なんだから見てなきゃ駄目だろって思ってたんですよ。変でしょ。でも、口が開いてからだったかな?だんだんこれを理解する方がまずいなって思い直して。そこでようやく目をそらすことができたんですよ。危なかった。もしこっちが見てるって気づかれてたらどうなってたのかな。そう思うと、今でもすごく怖いんです」

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