第6話 夜遊びをしてはいけません

【海岸】

 寄せては返す波の音。

 以下、会話のバックに波音が響く。


「……来ちゃったね、海」


「……当たり前だけど、全然人いないね。わたしたち二人きりだ」


「あはは……当たり前か。海水浴シーズンじゃないし、それにこんな時間だしね」


「でもさ、空を見てよ。星がとっても綺麗だよ……」


「空からこぼれ落ちてきそうなくらい、星がいっぱいあるよ。ふふ、この星空を見れただけでも、ここまできた甲斐があったかな……」


「ね、後輩くん……せっかくだから、ちょっと波打ち際を歩こうよ」


 砂浜を歩く二人の足音。

 波の音が響く。


「ね、後輩くん。その……もしよかったら……なんだけど……」


「手、繋がない?」


「やった」


 そっと手を握る音。


「……」//5秒くらい沈黙


「ねえ、後輩くん。夜の海ってさ……なんか、吸い込まれちゃいそうになるね……」

 

「怖いけど……でも、なんだか不思議な優しい感じもして、ずっと見ていられそうな気もする……」


「なんか、世界にわたし達しかいないみたい……なんてね」


「ね、後輩くん。今更だけどさ……ここまでわたしに付き合ってくれたけど……ホントに大丈夫だった?」


「その……無理に付き合わせちゃったら……ホントにごめん」


「え? わたしと一緒なら、どこまでも?」

 

「くすっ……ありがと」


「……後輩くんってさ、ホントに優しいよね」


「ううん、優しいよ。だって『悪い子になりたい』なんてヘンなお願いに、イヤな顔ひとつしないで付き合ってくれて……色々なワガママを聞いてくれて……」


「後輩くんはいい子だよ。わたしには勿体ないくらいに……」


「……」//5秒くらい沈黙


「実は……もう、やめようかなって思って」


「何をって……その……『悪い子』になるの」


「やっぱり……似合わないかなって。真面目なわたしには」


「……」


「……わたしね、子供の頃から、ずっといい子だったんだ」


「親の言うことをちゃんと聞いて、わたしなりに運動も勉強も頑張って……先生とか近所の大人にも『真面目』だって褒められて……」


「最初はみんなに褒められて、純粋に嬉しかったけど……でも、いつからかな。なんか……それが息苦しくなったの」


「だって皆がわたしに期待するのは『真面目なわたし』であって、それって本当のわたしじゃないから」


「でも、本当のわたしなんて、わたし自身にも分からなくて……だから、皆がイメージする『真面目なわたし』でいなきゃ、皆をガッカリさせちゃうって思って、一人で気を張って……」


「……」


「でも……そんな時にさ、後輩くんが図書委員になってくれたんだ」


「後輩くん覚えてるかな……」


「君は、わたしと一緒にいる時間が楽しいって言ってくれたの……」


「君は、わたしが髪をきったときも、コンタクトに変えたときも……すぐに気づいてくれたの」


「全部、嬉しかったんだ。本当に嬉しかったんだよ?」


「だから……後輩くんだから打ち明けたんだ。『悪い子』になりたいって」


「わたしが『悪い子』になりたいって打ち明けたときも、笑わないで真剣に聞いてくれたよね。ありがと……」


「それから、後輩くんと一緒に悪い子になって……『真面目なわたし』ができなかった色々なことをして……これまで当たり前だったことが、どんどん当たり前じゃなくなっていって……毎日がホントに楽しかった」


 先輩、あなたの手を離して、立ち止まる。

 あなたは先輩の方に振り向く。


「だから……『悪い子』になるのが、怖くなった」


「だって、このまま『真面目なわたし』じゃない自分を見せ続けたら、いつか後輩くんもガッカリさせちゃうかもしれないから。嫌われちゃうかもしれないから……」


「キミに嫌われるのはイヤなんだ、それは絶対にイヤなんだ……!」


「だから、皆が期待する『真面目なわたし』に戻れば、きっと後輩くんも……」


「……え?」


「いい子でも悪い子でも……どんな先輩でも受け入れます?」


「だって、先輩のことが大好きだから……?」


「……」


「え、え……? 後輩くん、大好きっていうのは……あの、その……」


 あなたが先輩のそばに近づく足音。

 そのままギュッと抱き寄せる音。


「あっ……」


 以降、耳元で声が響く。


「……後輩くん」


「ありがとう、そう言ってくれて」


「うん、わたしも後輩くんが大好き」


「世界で一番好きです」


「……だから、お願いします。嫌いにならないでください」


「……うん、ありがとう。そう言ってくれて」


「いろんなわたしを……本当のわたしを……キミに見せられるように、がんばる……」


「えへへ、やっぱり後輩くんは優しいね」


「それにとってもあったかい。安心する」


「……」//3秒くらい沈黙


「ね、後輩くん」


「わたし……今とっても幸せだよ」


「でも、もっと幸せになる方法があるんだけど……」


「……知りたい?」


「ふふ、素直でよろしい。じゃ、先輩が教えてあげる」


「こうするの」


 先輩の顔が近づき、あなたはたどたどしいキスをする。

 

「……んっ」


「……」


「えへへ……キス、しちゃったね」


「ファーストキス。『真面目なわたし』なら、絶対にしなかったことです」


「でも、今のは『悪い子のわたし』じゃないよ」


「今、後輩くんとキスしたのは、きっと、『本当のわたし』――」


「後輩くん――大好き!」



波音、フェードアウト。

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