テレビ

 ——はあ、これ、どうしようかな


 引っ越し準備中、それを前にしてため息をつく。

 目の前にあるそれは、この部屋に似つかわしくない程の大型テレビだ。


「デカすぎるんだよなあ」


 一人きりの部屋で思わず声に出し、もう一度ため息をつく。


 だからあの時言ったのに。






 家電量販店のテレビコーナーにて。

 僕と君は言い争いをしていた。

 同棲を始めるにあたって、部屋にテレビを置くべきか、置かざるべきか、と。


「テレビなんて必要ないよ」


「ううん、絶対に必要だから」


 にらみ合い、主張をぶつけ合う僕ら。

 はたから見たらかなり険悪に見えただろう。

 けれど、僕らからすればごくごく当たり前の日常だった。

 遠慮せず、意見をぶつけ合える仲だったから。


「そもそも、そんなに見る機会ないだろ」


「見るでしょ、アニメとか、ドラマとか」


「スマホで充分じゃないか」


「分かってないね。大画面だからこそ最大限に楽しめるんじゃない」


 腰に手を当て、ずびしぃっと僕をゆびさした君。


「そうは言うけどさあ……持ち運びとか大変だし、それに高いし」


 そんな君に対して、僕はもっともらしい理由を突きつけた。


「引っ越しとか、後先考えると無い方がいいよ」


 ここまで言えば納得してくれるだろう、と安心しかけた僕。


 しかし君は腕を組み、奥の手を使ってきた。


「ふっ、つまらない男」


「なんだと……?」


 僕をその気にさせる、君のとっておきのセリフだった。




 二人掛けのソファに腰かけて、映画を見る僕ら。


「すごい迫力だな」


「ほら、買って良かったでしょ?」


 君に乗せられて、結局は大型テレビを購入したのだった。

 Wi-Fi対応で、動画配信サービスの視聴も可能なテレビだった。


 僕らは様々な動画を見た。

 ドラマ、アニメ、映画。

 Youtubeやニコニコ動画、果てはFANZAでちょっと大人な動画まで大画面で楽しんだ。


「次は何を見ようか」


「う~ん……あっ、『マジカルりりあ』の映画が配信されてる!」


 中でもよく見ていたのは、君が好きだった魔法少女のアニメ。


「じゃあ、それにするか」


「あはっ、すっかりハマっちゃってるじゃん」


 最初は興味がわかなかったが、これが案外面白かった。




『私、あなたのことずっと守るから』


『僕も、君をずっとずっと守るよ……』


 大画面に映る、感動的なフィナーレ。

 ソファに並んで座る君の手が、僕の手の上に重なる。


「りりあ、よかったね……」


 ぽつりと漏らした君の、横顔を見つめる。

 その瞳はキラキラと輝いていて、年端もいかない少女のようだった。


「ふふっ……」


 僕は思わず微笑を漏らす。


「……あ、ばかにしたなぁ?」


「いや、してないしてない」


「……実は私も、魔法使えるからね?」


「……どんな魔法?」


 僕が問うと、君はためらいもなくキスをして、それから。


「……私のことで、頭の中がいっぱいになっちゃう魔法」


 それだけ言って、君はまたくちびるを重ねた。

 君の魔法は、口づけだけでは終わらなくって。


 エンドロールが終わっても、僕の頭の中は君でいっぱいになった。






 結局、引っ越し先にも大型テレビを持ち込んでいた。

 僕の頭の中は、早くも次の引っ越しのことを考えていて。

 また数年後には大変な想いをするかもしれないとナイーブになっていた。


 まあでも、何かあった時には便利だし、大画面で快適に動画も見れるし……なんて、自分を無理やりに納得させる。


 それにしても、一人で住むには何もかも大きすぎると思った。

 二人掛けのソファも、大型テレビも。

 もう君のいないこの部屋では、きっと何もかもを持て余してしまうだろう。


 未練があって捨てられなかったわけじゃない、なんて思いたかったけれど。

 ネトフリの通知が、『マジカルりりあ』の新作配信を知らせて来るから。


 君のかけた魔法が、いつまでたっても、僕にかけられたまま。

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