卒業写真
高校時代の友人と、ひさびさに会うことになった。
卒業から数年。
話題になるのは当然、あの頃の話。
街中のカフェ、窓際席。スマホの写真を見せ合って、学生時代の思い出に浸る。
「こんなことなら卒アルでも持ってくればよかった」
彼女はそう言ったけれど、私にとって高校時代を象徴する写真は——
家族で撮った記念写真でも。
卒業アルバムでもなく。
カメラロールの底にしずんでいる、一枚の写真だ。
「好きです、先生。私と付き合ってください」
進路の相談とうそぶいて。
校舎の一室に先生を連れ込んだ。
私に告白された先生は、表情から察するに嫌というわけではなさそうだった。
けれど。
「ごめん。それはできない」
先生は私を拒絶した。
まるで別人みたいに、冷たい声音で。
「どうしてですか、何がダメなんですか」
私は先生を壁際に追い詰めた。
「僕が教師で、君が生徒だからだ」
先生は言った。
鉄仮面みたいな硬い表情で。
「私、大人です。ほら」
私は先生の背に腕を回し、身体を密着させた。
「ね、子どもじゃないでしょう」
先生も男だ。こうでもすれば私を欲しがるだろう。
そんな考えからだった。
「いいや、子どもだよ」
それでも先生は表情を変えず。
ゆっくりと私を突き放した。
「どうしてですか? 私のこと、嫌いなんですか?」
私は幼児のようにだだをこねた。
「違う。でも、」
先生はネクタイを締め直し、りんとした大人の顔で言った。
「教師としての本分を忘れ、未成年と……それも自分の生徒と安易に交際するような自分のことを、僕自身が好きにはなれない」
そう語った先生は、私とは比べようもないほどに成熟していて。
それでも納得のいかない私はどうしようもなく子どもだった。
「ウソです。先生は、私のことが嫌いなんです……」
「はぁ……」
先生は仕方ない、とばかりに私の頭をぽんと撫でた。
「どうしてもと言うのなら、一生懸命勉強して、大人になってから出直してきなさい」
あの時の先生の言葉が、その場しのぎの方便だったことに後から気が付いた。
先生は私が二年生の時に、転勤になったから。
連絡先だって持っていない。別れの日にせがみ倒してみたけれど、もらえなかった。
『規則で禁じられているからな。最後まで僕は、ここの先生だ』
とか、言われて。
その時は裏切られたような、ウソをつかれたような気持ちでむしゃくしゃしていたけれど。
年を重ね、経験を経て、私は思う。
先生はやっぱり、素敵な大人だったのだと。
あの時の私の見る目は間違っていなかったのだ、と。
教員としての矜持を保ち、理知的な大人としての姿を見せてくれた先生。
あんなふうに何かを貫くというのは、ひとすじなわで行くことではない。
とても難しいことなのだと、今の私にはわかる。
それでいて、とても尊いことなのだということも。
「どうしたの?」
先生との写真を眺め、物思いにふけっていた私に彼女が問う。
「……ううん、ちょっと昔のこと思い出してただけ」
「ふーん。なんか、いい顔してたけど」
「そう? 別に、何でもないよ。っていうかほら、料理冷めちゃう」
「あー、はぐらかしたー」
そう言いつつも料理に手を付ける彼女を一瞥し、窓の外を見る。
この雑踏の中に、もしかしたら、なんて。
視線はまだ、あの人を探している。
先生。今もまだ、素敵な大人でいてくれていますか。
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