キーホルダー

 友だちと雑貨屋に入った。


 何はなくとも、休日になると足を運んでしまっているような。

 そんなお気に入りのお店だった。


 ここ最近は仕事が忙しく、なかなか来ることができずにいたが、


「やっぱここはいいね」


「ね」


 無意識にそんな会話を交わしてしまうくらいには、この場所に対しての思い入れは深い。


 ぶらり、気ままに散策をしていると。


 店内の一角でそれを見つけた。


 なんだか、久しぶりに見た気がする。

 すっかり見慣れたはずなのに、懐かしさすら感じてしまった。


「好きだったなぁ」


 私は、それを……とあるキャラクターのキーホルダーを見つめ、ぽつりと漏らした。

 つぶらな黒い瞳と目が合って、しまい込んだはずの日々が、あたまの中によみがえってくる。






 思えば、あの時もこの雑貨屋だった。


「……やっぱり、可愛い」


 そのキャラクターにドハマりしていた私は、今と同じ場所にぶらさがるキーホルダーに、目を奪われていた。


 初めてのデートであるにもかかわらず。


「……妬けちゃうな」


 きづけば隣に立っていた彼が、不満気に口をとがらせた。


「あ、ごめん」


 私があやまると、彼は「冗談だよ」と優しく笑った。


「このキャラクター、好きだよな」


「分かる? かわいいよね」


「分かる。君よりもかわいい」


「そこは『君の方がかわいい』でしょ」


 そう言って私たちは「くすっ」と笑い合った。


 私は、程よく毒をふくんだ彼の返しにひかれていって。

 気づけばよく一緒に居るようになって。

 流れるように自然に、付き合い始めたのだった。


「そろそろ、行こうか」


「うん……あっ」


 彼は声をかけると同時に、私が見つめていたキーホルダーを手に取った。

 そのまますたすたとカウンターへと向かっていった。


「はい」


「あ、ありがとう」


 店を出ると、彼は私にキーホルダーをプレゼントしてくれた。

 私は素直にうれしかった。けれど、ひとつ問題があったのだ。


「どうかした?」


「え、えっとね。実はもう、持ってるんだ」


 私は自宅のカギを取り出した。彼が買ってくれたものと同じ、キャラクターのキーホルダーがぶら下がっている。


「あっ……なんか、ごめん」


 彼は途端に顔を真っ赤にして、頭をかいた。


「いや、そんな。謝らなくたって……」


 私も気の利いた言葉が出てこず、二人の間にぎこちない空気が生まれる。


「……あっ、そうだ」


 彼はすこし落ち着きを取り戻すと、こう提案した。


「良かったら、おそろいってことで僕がもらってもいい?」


 彼は不安げな顔でたずねた。


「う、うん……逆にいいの?」


「え?」


「なんか、無理に趣味につき合わせてるみたいで、悪い気もしないでもない」


 あくまでも私の趣味で、彼の趣味というわけではないし。


「いいんだ。君の好きなもの、もっと知りたいって思うし」


 彼はそう言って、また顔を赤くした。

 いつもの小生意気な態度とのギャップに、私はつい、心をくすぐられてしまう。


「じゃあ、これに付けて?」


「こ、これって、」


「うん。私の……部屋のカギ」


 ちょっと早いかな、とか思いつつ、思い切って合鍵を渡してしまった。


「……ありがとう」


「……うんっ」


 思えば彼も私も、初々しかったな。






「おーい」


 友人の言葉が耳に飛び込み、我に返る。


「なによ、ぼーっとしちゃって」


「たはは。ごめんごめん」


 恥ずかしいところを見られた気分になり、私は「いこっか」と言って、そそくさと雑貨屋を出ようとする。


「ちょっと」


 そんな私を、彼女は引き留めた。


「買わないの? これ、好きでしょ」


 彼女はキーホルダーを手に持ち、にやっと笑って私に見せつける。


「あー……」


 問いかけに、なぜか逡巡してしまう私。


「いいの。もう、持ってるから」


「そ。じゃあ、おそろいで私用に買っちゃおうかな~」


 目の前の彼女と、記憶の中の彼の姿が重なって。

 私の心はぎゅうっとしめつけられた。


 とくとくとく。


 ぞうきんがしぼられて、含んでいた水がぼたぼたと落ちていくように。

 心をねじられて、たまらず涙がこぼれ落ちていった。


「ちょ、どうした!?」


「ご、ごめん……」


 ああ、だめだね、私。


 君のこと、まだまだ忘れられそうにないや。



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