はみがき

 洗面台のかたすみに、ふたつのはみがきセットが、仲良しそうに並んでいる。


「おはよう」


 と、君があくびをしながら僕の隣に来る。


「おはよう。髪、ぼさぼさだね」


 僕はそう言って、君の頭をわしゃわしゃと撫で、さらにぼさぼさにする。


「んもー。はやくはみがきするよ」


 僕らはコップにささった歯ブラシに歯磨き粉を塗って、はみがきを始める。


 洗面台の鏡に、仲良しそうに並ぶ僕と君。


 はみがきを終えると、どちらからともなくキスをした。


 ふんわりとした感触と、ほのかなミントの香り。


 くちびるから伝わるささやかな体温が、どうしようもなく恋しくて。


 僕は毎朝、今日も頑張ろうと思った。




 今はもう、洗面台のはみがきセットは、ひとり寂しそうにたたずんでいて。


 鏡には、ただ、泣きそうな顔の僕だけが映っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る