カレンダー
どっぷりと夜もふけ、日をまたごうとしたころ。
胸の中に、妙な違和感が芽生えた。
小さな子どもに「待って」と手をひかれているような、そんな違和感だ。
だから、すでに布団を被っているにもかかわらず、いやに寝付けなかったんだ。
――何かやり残したことがあっただろうか
頭の中で心当たりを探してしばらく。
スマホの通知音がして、うす暗い寝室をほのかなブルーライトが照らした。
画面上のデジタル時計には0:00という数字と、君の誕生日を告げる通知が表示されていて。
おぼろげな意識の中に、あの日の光景が浮かんできた。
「はい、誕生日プレゼント」
僕はそう言って、君の好きなキャラクターのキーホルダーを贈る。
「ありがとう! あ、ご当地限定のやつじゃん」
君は満面の笑みになって、大喜びしてくれた。
決して高価ではなかったけれど、他のどんなプレゼントより喜んでくれたっけ。
「祝い過ぎて、ジャラジャラにならないか心配だ」
「ふふ、そうだね」
僕らはことあるごとに記念日を祝った。
スマホのカレンダーには、少なくとも月に2、3件は、記念日の予定が記されている。
多い月ではそれが10件以上もあって。
ささやかなお祝いでも、君とふたりで日々を刻んでいく実感が、ただただ幸せだった。
「っていうか、もう既にジャラジャラだから」
そう言って君は、愛用のポーチを見せつけた。
たくさんの可愛らしいキャラクターが、じゃらりじゃらりと音を立て、揺れる。
「なんか、壮観だな」
「でしょう? えへへ、幸せ……」
ほっぺたをゆるめ、ふにゃふにゃの愛らしい笑顔を浮かべる君。
僕は君のそんな笑顔が見たくって。
カレンダーを眺めては、次はどんなプレゼントをしようかと、心を躍らせていた。
もう一度、君を笑顔にしたくなって。
気付いたら僕はSNSを立ち上げ、メッセージを打ち込んでいた。
けれど、送信ボタンを押す指が、ふと止まる。
その隙にひゅるりと脳内に吹き込んだ現実が。
冷たい風となって、夢の世界から僕を叩き起こした。
——もう、君はいない
一人分の温度が失われた部屋で、我に返る。
削除キーの長押しで、『誕生日おめでとう』を消し去り、スマホのホーム画面に戻る。
カレンダーアプリが目に入り、明日以降の予定を確認すると。
記念日が書き込まれた数日後からは、白紙になっていた。
けれど空白に見えるカレンダーは、さびしさで埋められていて。
当面はもう、他の予定を入れることなんて、できないのだろう。
「うっ……」
得も言われぬ寂寞の想いに意識を引っ張られ。
心はぐちゃぐちゃにかきむしられて。
僕はベッドの中で、喘ぎとも嗚咽とも知れない声を上げながら、
もう会うことのない君の中に溺れていき――
やがて、沈んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます