ファミレス

 仕事終わり、一人での外食。

 少しお高めのレストランで、それなりにいいものを食べているはずなのに、味がしない。


 君とよく行ったファミレスの料理は、あんなに美味しく感じたのに。




「つーか、それなに味よ?」

「分かんない。夜のクラゲ味……みたいな?」


 あの頃の君は、ドリンクバーで色んな飲料の組み合わせを試すことに固執していた。


「そういうそっちこそ……」

「ああ。美味そうだろ?」


 僕もつられて、さまざまなドリンクを混ぜて楽しんでいた。


「なんか、青汁みたいな色してるね」

「一周回って身体に良いのかもしれん」


 あの頃の僕らは、そんな知能指数の低そうな会話で、一晩近く粘ったり。


「デザートおごるよ。なにがいい?」

「え、なんで?」

「誕生日だろ?」


 特別な日には食後のデザートを食べたり。


「誕生日だろ? キラン……じゃないんよ! ファミレスのデザートでキメ顔するなし」

「おや。いらないのかい? ――期間限定のいちご山盛りパフェ」

「いりますけれども。食べますけれども」


 学生のノリで、ショートコントや四コマ漫画みたいな日々を延々と続けていたっけ。


「ん~、美味しい!」

「そりゃあそうだ。僕の特製パフェなんだから」

「シェフを呼ぼうかしら」

「やめとけ、恥ずかしい」

「呼びたくなるくらい、美味しいよ?」


 そう言ってパフェを大きめにすくって「はい、あーん」と、僕の目の前にスプーンを差し出した君。


「か、間接キス……!?」

「散々やることヤっといて、今更すぎるんだわその反応」


 僕がバカみたいにふざけて、君もそれにツッコんで。

 いつまでも忘れない恋の味を、スプーンの上からぺろりと舐めとった。


「ん、美味い!」

「えへへ。でしょ?」

「これは本当にシェフを呼びたくなるなあ。……ありがと」

「え? ……こっちこそ、ありがとう」


 そんなふうに楽しくて甘酸っぱい時間が、まさか終わるだなんて考えもしなかったんだ。




 ――ザッハトルテです


 ウェイトレスさんの声で我に返る。

 そういえば、デザートを頼んだんだった。


 少しでもあの頃に感じていた喜びを味わえるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いて、ナイフとフォークを手に取る。


「……」


 しかしいざ食べてみると、どこか味気なくって。

 かえって虚しさに、じわり、じわりと心を蝕まれるようだった。


 きっと、いいスーツを着て敷居の高いレストランに入って食べる評判のスイーツよりも。


 Tシャツにパーカーを羽織って、君とファミレスで食べたリーズナブルないちごパフェの方が何倍も美味しいのだろう。


 分かっている。身の丈に合わないのだ、今の生活は。

 それでも身に着けた大人の鎧を脱いだら、この社会ではもう生きていけない気がして。

 僕はただ、窓の外の往来に、君の面影を探している。


 もう一度君に会えたら、何かが変わるかもしれない、なんて。


 そんなおとぎ話を、いつまでも諦めきれないまま。

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