漫画
久しぶりにSNSを開くと、タイムラインに流れてきたのは、見慣れた絵柄の漫画だった。
タップして読むと、どこか身に覚えのあるシチュエーションに、ふっ、と笑いが漏れる。
頭に浮かぶのは、今となってはおとぎ話みたいな、君との思い出の日々。
「私の作品、好きなんでしょ? じゃあさ――」
インスピレーションを高めるために、仮の恋人として付き合ってほしい。
いつか漫画やイラストを本業にしたいという、君からのお誘いだった。
「僕で良ければ」
「ありがと。でも、あくまでも作品のためだからね?」
「分かってるって」
君にひそかに想いを寄せていた僕にとっては、それでも大歓迎だった。
それから僕たちは何度もデートを重ねた。
遊園地、水族館、映画館。
恋人らしいことは気が済むまでやった。
「創作に活かせそう?」
デートの帰り道。僕がたずねると、君はきょとんとしていたね。
「え? ……あはは、すっかり忘れてた」
そんなやりとりをして、笑いながら手をつないで歩いたっけ。
いつしか思い出は数え切れないほどに増えていって。
気付けばいっしょの部屋に住むようになって。
仮の関係から、すっかりホンモノの関係になっていた。
でも、そんな幸せにも終わりがおとずれた。
漫画家として人気が出始めた君。
仕事で昇進して忙しくなった僕。
ひとつ屋根の下に住んでいるのに、すれ違いが増えて。
些細なことでのケンカも増えた。
「ちゃんと、さよならも経験しないとね」
切り出したのは僕だった。
「うん……」
ある程度、心づもりはしていたのだろう。
君は一度だけこくりとうなずいて、別れを受け入れた。
「ひとっつも、ドラマチックじゃないね……」
けれどやっぱり悲しかったみたいで、泣き出した君を、僕は最後に抱きしめた。
「ごめん……」
僕もいっしょに泣いて、二人の道は別々な方に別れていった。
あれから数年。
仕事を終え、帰りの電車でゆっくりと漫画の続きを読む。
ショートボブのはつらつとしたヒロインと、ツーブロックの男の子。
昔の僕らにそっくりな二人がおりなす恋愛物語だ。
読んでいて恥ずかしくなるくらい、あの頃の思い出が鮮明に描かれていて。
なのに君の描く絵は昔の何倍も素敵で、物語もさらに面白くなっていて。
気付けば「その」ボタンを押そうとしていたことに一瞬戸惑ったけれど。
僕のこの気持ちにやっぱりウソはつけなくて。
じんわりと熱がこもる指先で、ハート形の「いいね」をタップしていたんだ。
フィクションが現実に追いつくことは無くっても。
あの頃の僕らの思い出が、君のこれからの現実を、支えてくれますように。
心の中で、そう祈りながら。
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