第5章 願望
第22話 交渉
この年、ユマインス連邦王国を構成する公国のうち一ヶ国が、ユマインスに反旗を翻した。六ヶ月に渡る戦いの末、その公国はユマインス連邦王国からの離脱および王国としての独立が承認された。
これを皮切りに、また別の公国が四ヶ国、それぞれ独立を達成した。ユマインス連邦王国の権威は、急速に衰えていく。
ウラリ女王が比較的あっさりと独立を認めたのは、外交上の問題を考慮した上でのことだった。
かつての強国、アントロポス共和国とチェレヴェック帝国も、植民地の人々の権利を無視できなくなっており、独立を認めるようになってきたのだ。
世界の風向きは確実に変わっている。ユマインスだけが強硬に公国を支配し続けては、諸外国から非難されかねない。
レピカの言う通りになった、とスリユは静かに考える。
それにしても、まさかこの短期間で、ニンゲンが侵略行為を自省して支配地域を積極的に手放すほどにまで様変わりするとは、予想の遥か上を行く事態だ。
「──いや、ニャンロアイ公国だけは、独立を認められないな」
官吏長のニンゲン、レーヌ・ファシュは、秘密裏に面会に訪れたレピカとスリユに、そう言い放った。
「何故だ」
レピカが静かに問う。
「君たちがフウチャイだから。ニンゲンなら独立してもうまく国を治められるだろうけれど、フウチャイにそれは無理だよ。だから私たちの導きが必要なんだ」
スリユは呆気に取られてしまった。この金髪のニンゲンの女性は、フウチャイが数千年に渡って自治を行なってきた歴史を知らないのか。
「もちろん、知っているよ。だがそれは拙いものだった。ニンゲンなら──ユマインスならば、もっと良い政治ができる。君たちのためにも、独立はしない方が良い」
レピカは長々と溜息をついた。
「傲慢もここまで来ると見事な物だな。しかもそんなものは欺瞞に過ぎない。所詮そなたらは、ニャンロアイから米を格安で手に入れたいだけだろう。しかし余は、今後は適切な価格で取り引きをしたいと思っている。そのためには我々が対等な立場になる必要がある。至極当然の要求だと思うが」
「私の主張は変わらないよ。話をすり替えられては困る」
スリユはレピカの横顔を見た。レピカは小さく頷いた。
「それがそなたらの結論ということで相違ないな?」
「そうだね」
「承知した。では、失礼する」
瞬間移動で森の中の粗末な隠れ家に戻ったレピカとスリユは、早速他の者も交えて話し合いを始めた。
あちらに拒否されるのは想定内のこと。であれば、取るべき手段は一つ。
独立戦争だ。
問題は、角無したちを味方に引き入れるか否か、という点だった。
「角無しに協力を要請するならば、対価として独立後の角無しの地位を保証せねばならない。角無したちもニンゲンの横暴に付き合わされてうんざりしているようだから、共にニンゲンを追い払おうと持ち掛ければ、うまくいくやもしれん」
レピカは淡々と状況を整理していく。
「しかし国民の感情がそれをよしとするかは極めて怪しい。角無しごときに支配されてきたことを恨んでいる
スリユは黙ったまま、真剣な表情で頷いた。レピカは滞りなく話を進める。
「そもそも、少数派の角無しと多数派の角性を同等に扱うという形では、歪な関係になるのは明らかだ。恐らく多数派の意見を尊重することになるし、少数派の意見を同様に受け入れるとなると少数派を贔屓することになってしまう」
「ではやはり、ニンゲンと角無しの双方を敵とみなし、角性による独立戦争という形で蜂起しますか」
「──いや。一度、実際に会って角無し側の意見も聞き出したいところだが……そなたらはどう思う? 角無しと手を組むことに納得できるか?」
それでは今後の確執が深刻化する、という意見も出たが、ニンゲンを追い払うためならば手段を選んでいられない、という意見も多数出た。
「ではレーヌと同じ方法で、隙を見てソウンに接触しますか」
「ならぬ。ソウンとの話し合いは危険だ」
それは全くその通りであった。スリユは己の浅慮を恥じた。仲良しだか何だか知らないが、あの仙力の前にはスリユも無力だった。今回だって、あちらに有利な形で話が終わるのが目に見えている。
「会うならばソウンに近い人物──チェトかルルナだ。どちらかというとチェトが望ましいな。余は城を見張る頻度を増やそう。隙を見つけたらすぐに瞬間移動する」
「かしこまりました」
話なら少しでも早く持ちかけた方が良い。今回こちらが突然レーヌと接触したことで、あちらも緊張感が高まっているはず。
レピカは二日後の夕方、チェトの執務室にスリユを連れて移動した。そこではチェトとルルナが何か話をしている所だった。
スリユは即座に透明の盾を展開し、レピカは口を開く。
「突然訪問した非礼を詫びよう。しかしそなたらとは手短に話がしたい。ひとまず聞いてくれぬか」
ルルナは完全に慌てふためいていたが、チェトは全く動じずに「どうぞ」と話を促した。レピカは簡潔に用件を伝えた。
「……ふむふむ。私たちが、ニンゲンと角性、どっちにつくかということですか。これは困ったなあ」
チェトは、あまり困っていないようなわざとらしい素振りで腕を組んだ。
どうせ二日前からこうなることを予期して、既に他の角性たちの意見を聞いて回っているのだろう。そうでなくてはこちらも困る。
「ルルナちゃんはどう思う?」
「お、俺は」
ルルナはおろおろしながらも、きちんとした答えを述べる。
「独立後の俺たちが、もう前みたいに迫害されないなら、角性の人たちに協力してもいいと思う。俺、今の自分の立場、そんなに好きじゃないし。俺にとっては、大事な人を守れることとか、そばにいられることとかが、一番重要だから。前の時代も今の時代も、俺の願いはちゃんと叶ってないけど……レピカ様なら今度こそうまくやってくださると思う」
「とまあ、このような意見を持っている角無しも居るということは、頭に留めておいて頂きたいですねえ」
スリユは顔を曇らせた。恐らくこの後、話は良くない方に向かう。
予想通り、チェトは「しかし」と言葉を接いだ。
「大多数の角無しはあなた方を歓迎していません。ニンゲンの後ろ盾をなくしてしまっては、角無しは再び差別されるようになる。だから今の方がずっとましだ、と考える人は多いです。殊にレピカ様は迫害を行なっていた張本人ですからねえ」
さらりと痛烈な批判を述べられてスリユは苛立ったが、レピカはただ、静かにこう尋ねた。
「そなたはどうなのだ、チェト」
「私の個人的な見解をお聞きになりたいと?」
「そうだ」
「……私はそれほど優秀な村長ではありませんでしたから。毎年毎年、村から死者を出してしまっていました。あんな思いはもうたくさんです。死んでいった村人たちの仇であるレピカ様には、復位して頂きたくないですねえ」
「……。ソウン大公はどうお考えだ」
「ソウンちゃんはいつも、皆の意向を何より重視していますよ。なるべく多くの人の希望に添って事を進めるのが、ソウンちゃんの信条です」
つまり、多数決で、こちらとは手を組まないと──スリユたちの敵に回るというのが、角無したちの決断か。
「貴重な意見を頂いた。感謝しよう」
「いえいえ、こちらこそ。わざわざご足労頂いたのに申し訳ないです」
「構わぬ。そなたらの考えを知りたかっただけだ。目標は達成できた。失礼する」
さて、方針は決まった。レピカはあらかじめ考えていた作戦を皆と共有し直す。
最初に、レピカが瞬間移動で連携を取りつつ、各地の民に同時多発的な奇襲を仕掛けてもらう。敵を消耗させると同時に、こちらに大規模な攻撃の手段が無いのだと誤解させておくのだ。
そして、あの莫大な力を持つ神器を、先に使ってもらう。ニンゲンが神器の力を使い果たしたことが確認でき次第、本隊が出動する。相手が油断しているうちに一気にプラチュワン京を奪還する。
「なるべく派手にやることだ。諸外国の関心を引き、フウチャイへの同情を集め、ユマインスを国際的に孤立させる。我々の独立を認めた方が得策だと、ユマインスに判断させなければならない。──作戦開始は半月後。雨季の間に全て終わらせる」
「はい」
まずは作戦通り、少数精鋭で突如として敵を襲撃しすぐに撤退するのを繰り返す。ちょうど雨季の大雨のように。敵は火を使うし、こちらとしても今が最適。
必ず、うまくやってみせる。
「スリユ」
レピカが、淡い金色の瞳でまっすぐスリユを見つめた。
「ミュンを頼む。二人とも必ず勝って、生きて戻れ。よいな」
「はい。謹んで承りました」
スリユは丁寧にお辞儀をした。
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