第6話 季節
正月が終われば、タシャト村は再び一心不乱に、
山を越えて税の取り立てにやってくるのは、ニャンロアイ王国の下級役人だ。彼らが税を余分に取って懐に入れてしまうような不正を起こさないために、取り立て人は頻繁に別の地域へと配置換えをされる。
そこで役人たちは手分けしながら、乾季から暑季にかけて各地を巡る。各集落で取り立てたものをいちいち運んで何度も山越えをするのだから結構大変だ。
そんな彼らがタシャト村に来るのは暑季の終わり頃、雨季に入る前だと決まっている。
ヒシアは、古ぼけた機織り機がぎりぎり壊れない程度に高速で、ガシガシと手足を動かして布を織っている。ルルナはお使いを頼まれたので、ヒシアが余分に作った大量の糸の束を大きな籠に入れて背負い、綱を頼りに崖を登った。
最初は崖登りすら上手くできなかったルルナだが、諦めず練習をするうちに、力を込めずに登るコツを掴めた。慣れてくるに従って、元々軽い自分の体重がもっと軽くなるような錯覚すら覚えてきたところだ。
今日もルルナはするすると縄を伝って村まで辿り着く。
竹垣をくぐり、トゥイ・シャウラムパという村人の家に向かった。
念力を扱えるトゥイは、効率よく綺麗な蕉紗をいくつも同時に織れるので、皆とても頼りにしている。
しかしトゥイの念力は、糸紡ぎのような細やかな作業は不得手だ。そこでヒシアは
今年はいきなりルルナの分まで増えたので、トゥイは眉間にしわを寄せていたが、何だかんだ了承してくれた。ありがたいことである。ヒシアが村人との持ちつ持たれつを大事にしている理由が、ルルナにもだんだん分かってきた。
粗末な藁葺き屋根の家の前でルルナは声を張った。
「トゥイ! ルルナだよ! ヒシアのお使いにきたよ!」
「……。入れ」
「お邪魔しまーす!」
トゥイ本人はその様子を時折見ながら、摺鉢で米粉を作っていた。薄茶色の髪の毛はいつも通りざっくりと編み込まれているが、これは仕事の片手間に念力を使ってお洒落をするというトゥイなりのこだわりである。
ルルナはトゥイの横に、糸の束が山と入った籠を置いた。
「はい。ちゃんと数えてあるよ。これで一枚分の蕉紗が織れる。今まで持ってきたのを合わせて、六枚分だね」
トゥイはきつい目つきで籠の中をちらと見ると、部屋の隅を顎で示した。
「そこだ。四枚ある。糸はその隣に置いてけ」
「はーい。ありがとう!」
ルルナは糸をひっくり返して並べ直すと、真っ白い布を四枚回収し、ゆるく丸めて籠に入れた。
「お邪魔しましたー」
ルルナの挨拶に返事はなかったが、気にすることはない。外れ者として敬遠されているのだから仕方がないのだ。布を織ってもらえるだけ感謝せねば。
これまでヒシアが作ったり頼んだりしてきた分が十四枚。今もらったのを足して十九枚。今ヒシアが織っているのが完成すれば晴れて二十枚になり、めでたく二人分の納税が達成できる。
納税役人が来る日、ヒシアとルルナはそれぞれ蕉紗を十枚ずつ持ち、洞窟で座って待機していた。
やがて北の方角から徴税役人が、小さな馬に乗ってやってきたようだ。村が少し騒がしくなるのが遠く聞こえてくる。
役人は、ここいらの険しい地形のうち、比較的通りやすい場所を選んで進むそうだ。とはいえ平坦な場所は少なく、歩くのも荷車を引くのも難しい。そのため小回りがきき荷運びにも適した、小さい種類の馬を使うのだという。
徴税役人たちは家々を回りながら、印のついた竹で蕉紗の面積を一枚ずつ測り、回収していく。
ルルナはヒシアと共に洞窟で布を差し出した。役人が全ての布を測り終えるまで、緊迫の時が続く。ルルナはどきどきしながら役人の手元を見つめていたが、幸い布の大きさはどれも基準値に達していた。
ほっと息を吐く。
「間に合ってよかったわ」
ヒシアが安心したように笑う。
人頭税を滞納すると、足りない分だけ財産を差し押さえられたり、労役を課されたりする。特に労役は、危険で過酷な鉱山労働をやらされるというから大変だ。
「じゃ、さっそく仕事しましょうか、ルルナ。来年に備えて今から糸を余分に作っておかないと」
「分かった」
こうしてまた、ちまちまと山芭蕉を収穫し、繊維を取り出し、糸にする日々が始まった。
税を納めたばかりなのに、ヒシアはこの仕事で一日の大半を費やす。
早いうちに作り溜めしておかないと、もし直前になって
それにもうすぐ雨季だ。降水量が増えたら山芭蕉も元気になってすくすく育つ。ある程度まで育ったらさっさと採集しておかないと繊維が固くなるし、むしろこれからが忙しくなるそうだ。
じきに、黒雲が蒼穹を覆い尽くし、短時間に大量の水を落としていく季節が来た。
雨がずっと続くのではなく、突発的に雨雲が訪れ、滝のような豪雨が一
タシャト村は崖の上にあるから水捌けは悪くないし、向こう側の棚田に水が適切に行き渡るよう治水もしっかりしている。ぼろぼろではあるが家々は高床式だから、雨漏りなどには悩まされても、全部が水浸しになるような深刻な事態になることはまず無い。
一方、ヒシアとルルナの洞窟は谷底から三十
大雨が止んだらヒシアが炎で洞窟を乾かすので、その間にルルナはタシャト村に登って用事を済ませたり、森林に出て薬草や香草や果物を探したり、できることをこつこつやっている。
とはいえこの洞窟も基本的には安全だ。谷底を流れるプケア川が雨の後に一気に増水しても、住処が危険なほどに水嵩が増すのは十年に一度くらいらしい。
そして今年はそういう年だった。
「ウワー!」
降りしきる巨大な雨粒に思いっきりぶっ叩かれながら、ルルナは川を覗いた。手を伸ばせば届きそうなところにまで水面が来ている。
「あんまり見つめていると落ちちゃうから気をつけて」
「でもこれ、浸水しちゃう! いや、水没しちゃうかも!」
「どうかしら。そうなったらもう、物を持てるだけ持って避難するしかないけれど」
そう言いながらヒシアは既に高速で荷物をまとめていた。
「降り終わってからどれくらい増えるかにかかっているわね。上流での降水量次第だわ」
雨雲が去り、ヒシアとルルナは固唾を飲んで水位の変化を見守った。幸運なことに、洞窟の縁のぎりぎりまで水がせり上がってきたが、そこで止まってくれた。やがて水位は下がり、普段よりやや多いくらいにまで水嵩が減少した。
ヒシアとルルナは胸を撫で下ろした。
そんなこんなで一年が巡る。再び季節は乾季に入り、夜は冷え込むようになり、ルルナはまたヒシアの翼の中で眠った。ヒシアの心音を子守唄に、温かい気持ちで眠りにつく。
糸を作り、布を織り、果物を採り、魚を捕まえ、町に出向き、村人と話し、税を払い、雨を見つめ、鍋を囲み、涼気を凌ぐ。
繰り返し、繰り返して、三十年が過ぎ去った。
ルルナはぐんぐん大きくなって、ヒシアよりも、村の誰よりも背が高くなった。
もう一人前の働きくらいはできるようになったし、山芭蕉も一人で採って来られるし、山菜や茸の種類も全て覚えたし、木登りをして椰子の実だって持って帰れる。
力は未だ弱く、仙力も使えないままだったけれど。
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