ちんちんがかゆかった

@kazunii_ac

ちんちんがかゆかった


ちんちんがかゆい。


小学5年生の私は、困っていた。ちんちんが、かゆいのだ。


かゆいから、こっそりとかいていた。人前では、ちんちんに触ってはいけない。それは、この世で絶対に守らなければならないルールだ。ひとりになれる場所で、ガリガリと爪を立て、ちんちんをかいていた。



# ちんちんと優等生


ちんちんは、隠さなければならない。でも、みんな、ちんちんの話は好きだった。


私は優等生だ。勉強はよくできた。先生にも、よくほめられた。だから、ちんちんとは距離を取る必要があった。


でも、みんなは、ちんちんの話が好きだった。誰かがちんちんについて話すと、みんながそれについて話した。ちんちんの話をしているとき、みんな楽しそうだった。


ちんちんの話が流行りだしたのは、ちょうど、秋の運動会が終わった頃だった。運動会をすると、みんな仲良くなる。仲良くなったあとに秘密の話をするのは楽しい。


私も、その話の輪に居た。でも、ちんちんについては言葉を発さなかった。優等生は、ちんちんの話をしてはならないからだ。黙って、曖昧に笑いながら、みんなの話をきいていた。


# はえること、むけること


ちんちんの話は、だんだん、高度になっていった。はえる、とか、むける、といった言葉が出てきた。


ちんちんで、はえるとはなんだろう。むけるとはなんだろう。


はえる、は、なんとなくわかる。たぶん、エッチなことを考えたとき、ちんちんが伸びるやつだ。


少し、表現がズレている気もする。だけど他には、ちんちんに関して、何かが伸びる現象はないはずだ。だから、あれがきっと、はえる、だ。


むける、は、全くわからない。何がむけるのだろう。なにかの婉曲表現のはずだ。けれど、とにかくわからない。


友人の輪の中で、私は相変わらず、曖昧に笑って話を聞いていた。でも、心の中には激しい不安があった。


優等生は、優等生らしく振る舞わなければならない。みんなが知っていることは、私も知っていなければならない。私の笑顔は、全てを知っている王者の笑顔でなければならないのだ。


はえる、も、むける、も、みんなが好きな話題のようだった。いつの頃からか、「はえた?むけた?」が、朝の挨拶になった。


私は、曖昧な笑顔で、おはよう、と返すしかなかった。


# むけた


相変わらず、ちんちんは、かゆかった。


冬になると、空気が乾燥するそうだ。どうしてそうなのかは理解できなかったけれど、肌が乾燥していることはわかった。ちんちんの肌も乾燥していた。


その日の放課後は家で留守番だった。テレビでルパン三世の再放送を見て過ごしていた。テレビを見ながら、ちんちんを出してガリガリとかいていた。


ガリガリとかいていると、乾燥しているためか、ちんちんの表面の薄皮が、桜の花びらのようにハラハラと落ちた。


あ、皮がむけた。


皮がむけた?


頭の中で光がはじけた。皮がむけた。むけたのだ。これが、むけるということだ。きっとこれが、むけるということだ。


アルキメデスは、アルキメデスの原理を思いついたとき、風呂場でエウレーカと叫んだそうだ。私も、頭の中で叫んだ。私は、むける、を理解した。完璧だ。私は、この世の全てを理解したぞ!


# むけたとおもう


翌朝、学校で今日も、挨拶がわりに「はえた?むけた?」と聞かれた。「うーん、むけたとおもう」と答えた。


聞いてきた友人は、堂々とした私の回答に、少し驚いたようだった。優等生の知識をナメるな。このやろう。


# 崩壊と再構築


小学校を卒業し、中学、高校、大学も卒業した。社会人となり、結婚し、子どもたちが産まれた。そして今や、その子どもたちも社会人となった。


小学生の時、私の頭の中に構築されていた知識には、とてもたくさんの間違いがあった。


はえる、は、陰毛が生えることだ。勃起のことではなかった。


むける、は、亀頭が露出することだ。薄皮がはがれることではなかった。


他にも、たくさんの間違いがあった。アルキメデスがエウレーカと叫んだのは、アルキメデスの原理を思いついた時ではなかったらしい。


私の知識は、崩壊と再構築をひたすらに繰り返した。いびつな形をしながらも、大きくなってきた。


たぶん、今の私の頭にも、間違った知識がたくさん詰まっているだろう。


しかし、間違いを優しく指摘してくれる善人もいる。それなりに誠実に振る舞っていれば、善人が私を正してくれる。


いま思えば、「はえた?むけた?」と聞いてきた友人は、優等生である私に欠けている知識を見抜いていたはずだ。そしてきっと、それを教えたいと考えていたのだろう。


あのときの私は、あまりにも子どもだった。その友人の善意を信じる勇気がなく、ただ恐怖し、心のなかで悪態さえついていた。善人が差し出してくれた手に、気づくこともできなかったのだ。


善意を信じる勇気がなかった時代を思い起こすたびに、顔から火が出る。常に心を強く持ち、他者の良き心を受け取りながら、人生を走っていきたい。

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