Only Mood

ALLIWANT

第1話

━━オレは生涯あの日を忘れないと思う。

オレの人生の歯車はあの日に狂い出した…

いや、動き始めたんだ。


 町ゆくヤツらの会話の枕詞にやれウィンドウズ95だのエアマックスだのがついてたような頃の話で、その日の朝オレはいつものように行きつけのダイナーへ行った。


「チーズバーガーを頼むよ。」


「チーズバーガーと?飲み物は?」


「ああ忘れてた。じゃあコークにしようかな」


「OK チーズバーガーとコークね」


「どうも"ミセス"」


「まだ"ミス"よ」


いつものカウンター席に座って、顔馴染みの女店員と軽く言葉を交わしてから飲み物を受け取る。


スポンジみたいなバンズを流し込む分を残しながらコークを飲んでると、ニック…オレの不良友達のニックがやって来て、俺の左隣の席に着いた。


「よぉルチアーノ。相変わらず早起きだな」


「何言ってんだ。もう9時を回ってる。」


「ああ、日曜日のな。全くお前ってヤツは…まるで軍人みたいだぜ?」


「オレが軍に入ってるならもっと早くクウェートからイラクを退かせてたさ。」


「そりゃ大層なこって」


「はい"軍人さん"。チーズバーガーよ。」


「ありがとう"マドモワゼル"」


「感謝してるならチップを弾んどいてね"ムッシュ"」


朝食を取ってしばらくした後、突然ニックは声量を抑えて神妙な面持ちでオレにこう言ってきた。


「オマエ、ギャンブルは得意か?」


「いきなりどうしたんだ?」


「いいから答えろ。」


「…まぁそれなりにいけるクチだと思ってる。いきなりどうしたってんだ?」


「なら良かった」


「オレはエスパーじゃないんだぜ?どうしてこんな質問をしたのかくらい教えてくれたってバチは当たんないだろ。」


「まあ待て、落ち着けルチアーノ。実はな、

今夜あるロシアンマフィアが元締めとなってる賭場が開かれるらしい。」


「…本当か?」


「ああ。信頼できるスジからの情報だ。おまけにドレスコードも無いし、招待状も会員証も必要ない。合言葉さえありゃいいんだ。」


「合言葉?」


「ああ…」  



━━━そうしてオレらはその日の夜、ロシアンマフィアの賭場へ向かった。


「ようこそおいでくださいました。生憎中は満員でして…ご注文だけお伺いしておきましょうか?」 


大柄でスラヴ系のセキュリティと思われる男が話しかけてきた。


「あぁ ウォッカを頼むよ。"コップ"はナシで。」  


そう答えると、男は黙って入口を開けた。建物の中には高そうなスーツで体を包んだ男やチンピラ、地元じゃ有名な札付きのワルどもがギャンブルに興じていた。


「にしてもニック、どうしてこんな合言葉ことまで知ってたんだ?」


「俺はお前と違ってダチが多いのさ。だから入ってくる情報の量も違ぇのよ。」


「皮肉のつもりか?」


「友達を作れって話だよ。さぁ、辛気臭い話はヤメにしてパーっと打っちまおうぜ!」


「はぁ… それもそうだな。」


オレ達は持ってきた現金をチップへと変えた。


浮き足だったニックを傍目におれは隅の方

の、ブラックジャックのテーブルへと向かった。


そこのディーラーはイギリス人の男で、慣れた手つきでトランプを捌いていたのをいやに覚えている。


「随分とお若いお客さんですね。」


「若造は気に食わないか?」


「いえ、なかなかに骨のありそうな目をしてる。好きなタイプですよ?」


「悪いがオレにソッチの趣味は無いんだ。」


「いえ、ただあなたが気に入っただけですよ。ただし、があるかは別ですがね。」


「それは勝負をしてみないことには分からねぇな」 


「では始めます。」


ディーラーの表情が変わる 


「プレイス・ユア・ベット」


黒のチップを1枚、1to1のベッティングエリアへ滑りだし、目で合図した。


「ノーモアベット」


ディーラーはトランプを配り始める。双方に2枚渡った後、描かれた数字を確認した。


ディーラーの片方のカードは3


オレのカードは…


AとJ…!


「ブラックジャックだ」


「お見事。」


チップが1.5倍になって戻ってくる


「ビギナーズラックといったところかな?」


「ご謙遜を」


さっきと同じ流れで黒チップを賭ける。


再びトランプが2枚配られる。

相手方は5…


こちらのカードを覗こうとした瞬間、ディーラーが突然インカムを押さえながら口元を隠して話し始める。


その間に自分のカードを確認した。

JとK。


「失礼しました。」


「いいってことよ。続けようぜ」


「ヒット・オア・スタンド」


手を横に振る


ディーラーは自分のトランプをめくる。ソイツの手元には5と6のカード。17に達していないためもう一枚手繰り寄せ、めくる。


10


「私の勝ちですね。」


「さっきのインカムでオレの手札教えて貰ってたのか?」


「ふふ…たまたまですよ。それに、私はもっと上手くイカサマをできます。」


「そんな声高に言うことじゃないだろ」


そう言いながら、オレは席を立った。


「もうやらないのですか?」


「なんだかお前に勝てる気がしねぇからな」


「左様ですか。次はどちらへ?」


「ちょっと外の空気を吸いに」


「それなら裏口から出ることをオススメします。」


「…そりゃどうも。」


 オレは言われた通りに裏口から外へ出た。煙草を吸いながら行き交う車を見るともなく見てると、少し離れた位置の自動車から二人組の男がこちらを見ているのに気づいた。

それだけではない。よくよく目を凝らしてみるとスーツを着たヤツらに物陰から見張られているのが見えた。

裏口でこの調子なら表はもっといるだろう。


「張り込まれてるか…」


ニックへ知らせるために半分ほどしか吸えていない手元の煙草を捨てて足早に中へ戻る。


店の中をぐるりと見回すと、ルーレットの席に座っているニックの姿が見えた。急いでそこへ向かい話しかける。


「なぁニック、少し外せるか?」


「別にいいけど…どうしたんだ?」


「いいか、何も言わずに言う通りにしろ。」


「いったいなんだってん…」


捲し立てるような口調でニックに説明する。


「ここはポリ公に見張られている。いつヤツらが突っ込んでくるからわからねえから早く出たほうがいい。」


「いや、いきなりのことで何が何だかわからねぇよ。それに出ていけったって、換金どころかまだ勝ってすらねぇんだぜ?」


「生憎だがその調子じゃ勝てないと思うぜ?だったら早いとこ切り上げたほうがマシだろ」 


「…その様子じゃ、嘘をついてるようには見えないな。わかった。換金したらすぐに出ていくよ。」


「お利口だ。それと、裏口から出たほうがいい。」


「わかった。お前も行くよな?」


「もちろんだ。」


それからオレはニックを連れて裏口へと行った。後少しで外に出られると思った途端、さっきのディーラーに呼び止められたんだ。


「ちょっと待ってください。」


「…急いでるんだが」


ニックに先に出ていくよう目で合図をしてから、ディーラーの方を向く。


「これをお忘れになりませんでしたか?」


そういいながら、何かを持ちながらヤツは歩み寄ってきた。それを確認しようと近づいた所で腹部に何かが強く押し当てられるのを感じた。

…サプレッサー付きの拳銃だ。


「質問に答えろ。変な真似をしたら撃つ。

まず一つ目、外へ何をしに?」


「…なんの真似だ」


「質問に答えろ。外へ何をしにいくんだ。」


刺すような目つきでこちらに睨みを効かせる。


「別に…勝ったから引き上げるだけさ」


「換金もせずにか?」


…監視されていたか。 


「次ウソをついたらヘソが増えるハメになるぞ。もう一度聞く、外へは何をしにいくんだ。」


「…ここは警察に見張られている。突っ込んでくるかもしれねぇから手錠をはめられる前にトンズラしようとしただけだ。」


「なぜ警察に見張られていると?」


「物陰からスーツを着た男が携帯で話しながらこっちを見てるんだ。おまけにそれが数グループあった。疑わずにはいられないだろ?」


「その事をお友達以外に話したか?」


「いや、話してない。」


「なぜだ?」


「おたくらみたいなのがいる中で、『警察に張られているから早く出ろ』なんて言おうもんなら、何されるかわかんねぇからな。

…そういや、元締めはロシアンマフィアって聞いてたが、あんたみたいなイギリス人もいるんだな。」


「口を慎め。『何をされるかわからない』ことをされたいか?」


「わかったよ。それで、オレはどうなる?」


「とりあえずさっきのブラックジャックのテーブルにつけ。」


「…わかったよ。」


━━銃を突きつけられながら中へと戻り、壁側の席に座らされて手錠のようなものでテーブルと腕を繋がれた。


「ここから出ようなんて考えるな。ただ、さっきまでの様に自然に振る舞え。」


そういった後、ディーラーはなにやらインカムを通して話し始めながら、裏口の方へ向かっていった。


すると突然、入り口のドアが蹴破られる。

そこには、スーツを着た警官のみでなくSWATの姿もあり、中にいる客全員に対して銃口を向けながら突入してきた。

「警察だ!全員両手をあげてその場に伏せろ!」 

裏口からも同じ怒号が聞こえてきた次の瞬間、耳をつんざかんばかりの発砲音がどこからともなく聞こえた。

オレは反射的に身を低くして耳を押さえる。

15秒ほど銃声がなったあと、あたりは突然静まり返った。

あたりは割れた木片や血、割れたグラスの破片で散々な有様となっている。


どうやら発砲したのは店のスタッフもといマフィア側の人間らしく、タキシードを着たディーラーたちが返り討ちにあって斃れたりうずくまっていた。


警察は中の人間を着々と逮捕していき連行されていった。もちろん俺も連行された。



 しばらく取調室でいくつかの問答を重ねた後、オレの向かいに思いもよらない男が座ってきたんだ。


「やぁルチアーノ君」


そいつは金髪のイギリス人で…あの賭場でオレとのブラックジャックのディーラーをしていた男だった。


「ルチアーノ・マストロヤンニ 22歳。

前科はナシ。

イタリア系アメリカ人でシングルマザーの家庭に生まれて幼少期を過ごす。地元では優等生として知られており、高校卒業後は軍に入隊。海兵隊の入隊教育期間では優れた成績を修めていたようだな。

しかし、一昨年に妹さんをコンビニ強盗で亡くしてからは母親の面倒を見るために軍を除隊。しかしその母親も去年に病死しており、以降は荒んだ生活を送っていると…

ざっと君の経歴を調べさせてもらった。マフィアや半グレのグループとの繋がりは見えないな。大方、友人と遊び半分であそこに行ったという所だろう。」


「アンタ…マフィアの人間じゃないのかよ?」


「ヤツらを逮捕するためにあそこに潜っていたのさ。いわばスパイだよ。」


「それ言ってもいいのか?」


「本来なら駄目だが、君の魅力的な経歴に惹かれてね。君と取引するためにここへ来た。」


「取引?罪を見逃す代わりにスパイになれってか?」  


「ご明察。この話に乗ってくれるなら、闇カジノで違法賭博をしていた君とお友達の事もチャラにしてあげよう。

意外にも君はまだスネに傷を抱えていない様だしね。それに、軍にいた頃のスキルを活かせるチャンスでもある。」


「これを断ったら?」


「君の記憶を消すハメになるな。」


そういうと、ヤツは懐から何やらケースを取り出した。ケースの中から出てきたのは、怪しい液体の入った注射器であり、拘束されたオレの後ろへ回り込んで、首元へそれを押し当てながら続けた。


「中身は記憶消去剤だ。これを刺せば直近12〜18時間分の記憶が消える。つまり我々の存在は君の中から消えると言うことさ。」


「わ、わかった!乗るよ!あんたの話に乗る!だからソイツを早く離してくれ!」 


「取り引きは成立だな。ありがとうルチアーノ君。そして早速だが、君には私と共にスイスのチューリッヒへ飛び立ってもらう。」


「え?」


何が起こってるのかわからないまま、オレは車に乗せられて空港まで連れてこられ、プライベートジェットに乗せられた。


「自己紹介が遅れて申し訳ない。私はISASの"ジェームズ"だ。よろしく頼む。」


「ISAS?」


Internationalインターナショナル Secretシークレット Agentエージェント Serviceサービス(国際秘密諜報部)の略称で、主に国際的な犯罪組織への諜報活動を行なっている。組織の成り立ちから話したい所だが、君はいささかお疲れの様だ。

チューリッヒまで約8時間あるから到着までゆっくりと休むといい。」


「ありがとう。」


こうしてオレは飛行機の中で眠りについた。

しばらくして、着陸態勢に移る時の揺れで目を覚ました。


「おはようルチアーノ君。飛行機を降りて1時間ほど車を走らせればISASの本部へ着く。長旅となっているがもう少し辛抱してくれ。」


「軍隊時代に比べたらどうってことないよ。」


「ふっ…それもそうか。」


車内ではジェームズと雑談を交わした。

酒や煙草についての話題が多かったことをなぜか覚えている。

そして1時間が過ぎ、目的地へと着いた。

車から降りると、60代くらいの男が待ち構えていた。


「やぁルチアーノ君 はるばるご苦労だったね。ISASの局長、"ユリウス"だ。以後お見知り置きを。」


「よろしくお願いします。ユリウスさん。」


握手を交わすと、ユリウスはこれからのことについて説明した。


「今日からちょうど2週間後、ISASエージェントになるための3ヶ月間の訓練が始まる。

きっと海兵隊のものよりも厳しい訓練になるだろう。是非、頑張ってくれ。」


「はい。ベストを尽くします。」


「よろしい! ジェームズ、ルチアーノ君を寮まで案内してやってくれ」


「承知しました。それじゃあ行こうか?」


「ああ。準備はできてる。」


「準備は出来てる…か。それでは改めまして…ISASへようこそ。ルチアーノ・マストロヤンニ。」


━━こうして、おれはISASのエージェントとして働く事になったってワケさ。



















 







 













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Only Mood ALLIWANT @pumisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ