第13話 同じことでしょ?


 教室の中程なかほどでひとり、片肘を着きながら窓の外を眺める真田さなだは耳にイヤフォンを入れ、何やら物思いに耽っているようだ。


 いつもほがらかで笑顔を絶やさない彼女にしては珍しいその姿はなかなか絵になっている。


 ちなみに俺は真田のことが嫌いじゃない。

 むしろ、他のクラスメイト達と同様に彼女に対して好意を抱いているとすら言える。


 なのに彼女とあまり会いたくない理由は二つあった。


 一つはサッカー部のマネージャーである彼女がに興味を持っていて、少なくとも一年の途中まではしつこく部への勧誘を繰り返してきたからだ。

 さすがに二年が近づくにつれ諦めてくれたらしいが、それでもたまに冗談で誘ってくることがある。 


 そしてもう一つは、なんというか……少しだけ雰囲気が織田さんに似ているから。もちろん彼女自身に罪は無いのは分かってる。けど自分でも制御できないっつうか、本能的に拒否反応が起こるのだから仕方ないと言いたい。


 と、近づく俺に気付いたらしく彼女はイヤフォンを外しこちらに顔を向けてくる。


「佐倉くん、おはよ~っっ♪」


 ったく、朝から無駄に高いテンションだこと……。

 俺はどうしても視界に入らざる得ないそのボリューム感満載の胸元から意識的に視線を外しつつ、内心で溜息を吐き出す。


 クラスが同じと言うのはつまり逃げ場がないということでもある。

 しかも進級したてのこの時期は特に苗字的にも自ずと席が近くになってしまう上、なんと今年は隣席からのスタートときたものだから頂けない。


 一方の真田は取り出した可愛らしいケースにイヤフォンを戻し、どうやら俺と話してくれるつもりらしい。要らぬ気遣いではあるが、流石にすぐ立ち去るのも申し訳無さが勝つというもの。

 

 一応「おはよう」と手短に挨拶を交わすと、俺は机横に鞄を掛け席に着いた。


 と、なぜか驚いたようにパチパチと長い睫毛を揺らす真田に気付く。


「なんだよ」


「えっ?! あっ、と……。なんだか今日の佐倉さくらくん、いつもと雰囲気が違うなーと、思って?」


 実は俺も言われて気付いたのだが、たしかに自分でも驚くほど自然だった。しかも目だってしっかり合わせてて……。


「なんだかいつもの刺々とげとげしさが全然ないというか。もしかして……何かいいことでもあった?」


「いや……なんもないけど」


 当然思い当たることはある。が、そんなこと言えるはずもない。

 そんななか、また小首を傾げられ、「今度はなんだよ」と問いかける。


「座るんだなぁ、と? いつもなら汚いものでも見るような目で、すぐどこかへ行っちゃうじゃない」


 いや、さすがにそこまで失礼なことをしてたつもりはないんだが?

 ただ思い当たる節の無いわけではない俺は所在無くふいと視線を逸らした。


「別に。もうさすがに諦めてくれただろうしさ」


「実はまだ諦めてなかったりするんだけど、とはいえここまで嫌がられちゃうとねぇ。ちなみに今日はやけに早いんだね?」


「まあ、ちょっとな」


「ふうん……。あっ、もしかして私と二人きりになりたかった、とか?」


 無駄に可愛らしい上目遣いを向けられ。

 申し訳無さが勝ち一度は席に着いたものの、やっぱ朝からこいつのテンションはしんどいわ。そう思い直した俺は冷ややかな視線を浴びせ腰を上げようとするも真田が慌てて制止してくる。


「ごめん冗談嘘ですっ! 珍しく佐倉さくらくんが構ってくれるから調子に乗っちゃっただけっ! ね、この通りっ、許してよぉ」


 一変、すりすりとこすり合わせ拝み倒してくる真田である。

 その姿を見ているとなぜか憎めないというか、怒る気にもならないっつうか……。


 こういうところが彼女を人気者にしている所以なのだろうか。少なくとも俺には一つも無い要素といえた。


「それより佐倉さくらくん、フットサルには興味ない? 実は知り合いの人が人数集めに困っててね。誰かいないかって相談されてるの」


「フットサル……?」


 たしか五人制で、オフサイドが無いんだったか?

 全く知らないわけでもないが、正直そんなレベルの知識しかなかった。


「うんっ。週末の暇つぶしにどうかなぁって」


「いや、そもそもルールも知らねえし」


「大丈夫、佐倉くんならすぐ覚えるよっ。ねっ。お試しに一回だけ、どうかな??」


 片肘を机からはみ出させぐいぐいと身を乗り出してくる真田に対し、及び腰の俺。そんな中、教室の入り口に見知った顔が見えホッとする。


「相変わらずやってるな」


 まさに渡りに船って奴だ。俺がひょいと手を挙げると、東雲しののめが柔らかな笑みを浮かべ手を挙げ返してきた。


 東雲賢吾しののめけんご

 真田同様、一年からのクラスメイトである東雲しののめは真田みたく陽キャグループにこそ属さないものの、その二枚目の容姿と一年時には委員長を務めたその精悍な立ち振る舞いによりクラス内でカースト上位者として認識されている男子だ。


 そして席は俺のひとつ後ろ。

 つまり席に着いた東雲しののめを交え真田との三角形が自然に出来上がる。


「佐倉、何かいいことでもあったか? 顔が緩んでるぞ」


 さっきも真田から言われたばかりなのだが、余程何かいいことがあったように見えるらしい。


「別に、何もねえよ」


「そうか。して佐倉、今年入学した妹から聞いたんだが、一年にとんでもない逸材が入ってきたらしいな?」


「は? なんで俺に聞くんだよ」


「いや、お前やみなとの後輩なんだろう? 名前は確か、天野……なんだったか。なんでもトリリンガルの帰国子女で、今日の対面式では総代を務めらしいな? その上、とんでもない美少女らしい」


「うわぁ、なにそのハイスペック。女子からねたまれちゃいそうだね」


「いや、それが明るく人当たりまでいいらしいぞ。佐倉、合ってるか?」


 一瞬どう答えようか迷うも、これからも通学を共にするのであればある程度は知っていないとおかしいのか。 


「まあ、合ってると思う。ちなみに俺、今日彼女と一緒に学校へ来たんだ」


「えっ、そうなの?!」


 言った瞬間、食い気味に身を乗り出してくる真田。

 東雲しののめもほぅと驚いた表情を見せる。


「もしかして付き合ってる、とか?」


「は?! なんでそうなるんだよっ? 途中で偶然会っただけだっての」


「だ、だよねっ。佐倉くんが女子と話してるとこなんて見たこと無いもんっ。そんなことあるわけないよね、あはは」


 おい真田。

 悪気が無いのは分かるが、それはそれでなかなかに失礼だと思うぞ?

 



 その後、対面式が執り行われ。

 下馬評通りというべきか、登壇した明香あすかちゃんの姿は堂々たるものだった。


 正直なとこ、彼女の努力を知っている俺としては緊張の面持ちで見守っていたのだが、結果を見れば完全に取り越し苦労だったと言えるだろう。

 想像を優に飛び越える凛としたその見目麗しい佇まいを誰もが羨望の眼差しで見つめている。


「これは想像以上だな……」


 後ろに立つ東雲からヒューと感嘆を含む吐息が漏れ、同時に場内から溢れ出るどよめきは彼女が降壇した後も当分の間収まらなかった。


「彼女の周囲は当分騒がしくなるだろうな」


 目立つのが嫌いな俺を知っている東雲しののめからご愁傷様と言った視線を当てられるも、彼女がこの場を上手くやり遂げたことが何より嬉しくて、俺は内心で大きな拍手を送っていた。



 その後、HRを終えた俺は恵光えこう東雲しののめと軽く挨拶を交わし教室を後にする。


 今日は部室に寄る予定も無く、真っすぐに帰宅する予定だった。

 

 明香あすかちゃんと帰りの話はしてなかったが、たしか昨日は部活を観て回るって言ってたよな。

 またうざ絡みされてなきゃいいけど……。


 そんな懸念が脳裏を掠める中、昇降口を抜けると外は生憎の雨模様だった。

 

 しくったな。昨日折り畳み傘持って帰ったままだ……。

 今朝が晴れてたものだから完全に油断した自分に舌打ちをする。


 まあしゃあない、走って帰るか。

 そう腹を括った時だった。背後で傘の開く音が聞こえ、直後自分の頭上に傘が差されていることに気付く。


「つうかなんで……。部活の見学はどうしたんだよ」


 傘を手にしていたのは明香あすかちゃんだった。

 驚きの隠せない俺を他所よそに彼女はまるで二人を覆い隠すかのように傘の位置を下げると、すっと身を寄せてくる。


「(見学なんていつでも出来るもの。それより悠流はるくんがまた走って帰っちゃうんじゃないかなぁと思って。急いで来たの)」


 次いでにこっと笑みを投げかけてくる。


「んなこと気にしなくていいのに……。まあ、助かるけど。ちなみに今日はどうなってんの? 雨量」


「今日は調べてないよ? でも明日はお休みだし、濡れるなら一枚でも二枚でも同じことでしょ?」


 その物言いは一緒の家に帰るのだから乾かす手間も同じだろうと、そう言ってるようにすら聞こえた。


 まあ、なにやら周囲の目が痛い気もしないではないが。 


 ここで走って帰れば逆にあとで何を言われるか分かったものではない。

 

 そう思い直した俺は彼女から傘を受け取った。

 


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