第12話 冗談ですよ
ベッド上で
まだ強烈に残っている
忘れようと目を瞑るも彼女の嬉しそうな
もう何がなんだか分からない。
気付いたら俺は「はッ」と笑いすら含む乾いた息を吐き出していた。
なんだそれッ。
ほとほと自分のバカさ加減を思い知らされたような気分だった。
あんな思いをするくらいならもう女なんかどうでもいいって。そうやって敢えて
分厚かったはずの
これが笑わずにいられるか?
小気味のよい心臓の収縮を感じながら、まるで自分自身に負けてしまったような、そんな悔しいような悲しいようなよく分からない感情が胸中を引っ掻き回してくる。
なのに……、それがやけに心地よかった。
って、今何時だ?!
ふと思い、枕傍に置きっぱの携帯を手に取った俺は時刻を見て目をシパシパとさせる。
起こされたからてっきり寝坊したものだと思い込んでいたのだが、どうやら自分がセットした目覚ましの時刻よりもずっと早かったらしい。
まあどっちにしても今日は起こされてたんだろうけど。
流石に
どうやら身体も覚醒しているらしい。
「顔でも洗うか」
部屋を出るとすぐテレビの音がリビングから聞こえてくる。音の感じから、朝の情報番組でも見てるのだろうか。
そんなことを考えながら部屋の正面にある洗面所へ入りすぐさまキュッと蛇口を捻ると、顔を上げ鏡に映る自分の姿を見る。
髪、伸びたよなぁ。
中二で膝に大きな怪我を負った時には正直まだサッカーに対して未練があった。
つうか、向き合った年数を考えれば簡単に忘れられるはずなんてなかった。
そんな未練を断ち切るべく、それまでからっきしだった文化活動に勤しむ中、イメチェンも兼ねて伸ばし始めた髪。
高校に上がる頃にはもう未練はすっかり薄れてて、そう考えればこの髪は言わば俺にとってのお守りみたいなもんなのかも。
まあこれはこれで悪くないんだけどな。
なんだろ、さっきの今でもうどうでも良くなってしまったというか。そろそろ暑くなってくるし。
リビングに入ると予想通り
「コーヒー
さっきのぎこちなさはどこへやら、自然な微笑みを浮かべ俺の前を通り過ぎてゆく
「いま、笑わなかった?」
湯が沸く音をバックに彼女がキッチンから顔を覗かせてくる。
「別に。笑ってねえよ」
「嘘、ぜったいに笑ったと思う」
むっ、と大きな目を向けられウッとなる。
実際は笑ったんじゃなくて微笑んだだけなのだが、どうやらこの調子だと言うまで食事にありつけなさそうか……。
「言うよ、言う。けど、絶対キモイとか言わないでくれよ」
「分かった。言わないから言って欲しい」
「いや、だからその……だな。単純に可愛いなって思ったんだよ……。だから笑ったんじゃなくて。っておいっ、何か言ってくれよ!」
白状した途端、俯き加減にすっと顔を隠されてしまい、やっぱ言わなきゃ良かったじゃねえかと内心で舌打ちをする。
そもそも可愛いなんて彼女からすれば散々言われ慣れた言葉のはずで。今更誰に言われたとて何とも思わないだろう。
「ありがとう……嬉しい」
俯きがちにぽつりと、一瞬合ったか合ってないかくらいの視線を交わし、恥ずかしそうに頬を染める
これはマジでアカンやつだ。いつか心臓が止まるかも知れない……。
△▼
「もし学校で
少し先にはもう正門が見えている。まだ朝が早いこともあり生徒の姿はまばらだった。
学校で会ったら……。
俺自身はあまり人の目を気にするタイプじゃない。
とはいえ
あれこれと余計な詮索されるのも敵わないし、ましてや一緒に暮らしているのがバレるようなことがあれば目も当てられない。
だったら、
「中学の先輩と後輩。それ以上でもそれ以下でも無いってのでどうかな」
俺の提案を受けた
「
「楽しそう?」
もしかしたら嫌がるかもな。
そんな予測を立てていた俺は思いもよらぬ反応に目をぱちくりとさせる。
「だって。もし他の誰かが会話に混ざったとしても、そこにはわたし達だけの世界があるってことだもの。それってなんだか素敵だと思わない?」
「んー……どうだろ。そうかもな」
「そうだよ。絶対そうっ」
嬉しそうに目を細め何やら楽し気なその姿を見ていたら、正直どうでも良くなってしまうのだから不思議である。
まあ自分たちだけの秘密、という響き自体は悪くないかも知れない。だがそれよりバレた時に彼女自身が大変なことになるであろう懸念が
その後、正門をくぐり昇降口まで進むとさすがに生徒の数も増えてくる。学年の違う俺たちはここでお別れだ。
「(じゃあね、
「おい」
誰にも聞こえなければいいというものでもないだろうに。いきなりのルール違反に苦い顔を見せると
「冗談ですよ。先輩」
次いで一礼すると
と、俺は「あ」と彼女を呼び止めていた。
「大したことじゃないんだけどさ。今日……頑張れよ」
「(ありがとう、
次いでにこっと花の咲いたような笑顔を俺に向け、「じゃあね、先輩」と胸の前で小さく手を振ったまま人混みに消えた。
そんな彼女を見送り、俺も靴を履き替え歩き始める。
と、いつもの癖で一階の廊下を進みかけ途中でピタと脚を止める。そういや教室は二階だったな。そう思いくるりと回れ右をすると踊り場から階段を見上げた。
ちなみにうちの学校では進級する度に教室が上階になる。
実習室などは別棟にあり、だから一年の時に二階へ上がる機会はほぼ無かったし、そういう意味で
そんなことを考えながら、教室に辿り着いた俺は引き戸をガラガラと開け、
直後、あまり会いたくなかった姿があることに気付く。
肩越しまで伸びるふわりとした明るめの髪にパッと見で相手に好印象を与え、油断させる笑顔と佇まい。
一年の時も同じクラスだった彼女は、その人柄から男女どちらからの人気も高く、所謂トップカーストの一人に数えられ、
同時に俺に話しかけてくる唯一の陽キャでもあった。
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