二話:二

 三人は大きな茶楼に場所を移した。楊汐ヤンシー暮白ムーバイも奇妙な外見のせいでやたらと目立つので、安玖アンジウはなるべく俯いて顔を見せないようにした。

「……大夫だいふ、さっきから何をしている?」

「いや、お気になさらず。ちゃんと話は聞いてるので」

 釈然としない顔の暮白に対し、楊汐があっさり言った。

「大夫はここでは有名ですものね」

ヤン道長!」

 抑えた声で制止したが、彼女は全く意に介さない。暮白は怪訝そうに軽く首を傾げる。


シェン道長はあまり外に出られないからご存じないでしょうけど、道医の安玖といったら桂昌では有名なんですよ。この瓦市がしにも客がいたんじゃありませんか?」

 図星を突かれ、安玖は力なく言った。

「俺のことはどうでもいいので、説明をどうぞ」

「あなたの客というと、治病を行ったんですか」

 なぜか暮白が話を続けてきたので、仕方なく頷いた。

「まあ……そんな感じです」

 心配なのは、偽物の丹薬を売りつけた相手に見つかることだ。安玖は昔、ただの薬を不老長寿の秘薬として高値で売り捌いていた。今見つかれば半殺しの目に遭うだろう。他にも色々と見つかりたくない相手はいる。外衣うわぎを頭に被って顔を隠す安玖を見て、暮白は呆れたように「それはもっと目立つと思う」と呟いた。



 楊汐は安玖に構うのも飽きたのか、運ばれてきた茶を飲むとようやく本題に入った。

「順を追って説明しますね。そもそも私は半年前から、桂昌で人が失踪する事件について調べていました」

 半年前というと、ちょうど安玖は投獄された頃だ。暮白も知らなかったのか、小さく眉をひそめる。

「失踪した人々は一見関わりが無かったのですが、いなくなる直前に様子になるという共通点がありました。徐々に……何というか、常に夢を見ているような状態になって、いなくなってしまうのだと」

 彼女も説明しにくいのか、眉根を寄せて目を伏せる。

「それで度生司に話が回ってきたのです。王靖ワンジン殿は私に、失踪事件が単なる偶然か否か調査するよう命じました。できる限り失踪した人々の家族に話を聞いてみて、おそらく関係があると思ったのが、荷華かか仙女せんにょという人物です」

 ご存じでしょう、と彼女は安玖を見た。


「……名を聞いたことはあります。瓦市で託宣を行う妓女でしょう。俺は会ったことはありませんが」

「妓女が、託宣?」

 怪訝そうな暮白に頷いた。

「客相手に占いみたいなことをしていて、それが良く当たるって人気が出たらしいですよ。一年くらい前だったかな」

 どうせ偶然か詐術だろうと思っていたので関わろうとは思わなかった。楊汐は薄く笑う。

「今ではもう、本当に仙女のように崇められています。彼女はどんな卑しい者でも良い方向に導いてくれ、浄土へいざなってくれるのだという」

「……滅茶苦茶ですね」

 明らかに俗物だが、これくらい分かりやすい方が民衆には受ける。やっぱり詐欺だと思っていると、暮白は逆に深刻そうな顔をした。


「その仙女とやらがなぜ関係があると思ったんです?」

「失踪した人は皆、荷華仙女の客だったんです。彼女のところへ通ううちに、どんどん様子がおかしくなっていったと家族は訴えています。それで彼女の元へ行こうと思ったのですが、一人で乗り込むのは少々不安でして、あなた方をお呼びしました」

 楊汐は悪戯っぽく微笑んで、指で円を作って目を囲む。

 円の向こうから、彼女の黒黒とした瞳が覗いた。

「――彼女の元へ通うと、が見えるそうですよ」



 ***



 荷華仙女と面会する約束はすでに取り付けてあるらしく、楊汐は茶楼から出ると早速細々とした準備を始めた。

「道服を着ていると怪しまれます。着替えましょう」

 楊汐ヤンシーの提案で、三人は衣服を改めた。とは言っても彼女が選んだ服を言われるままに着ただけなので、すぐに終わる。

 安玖アンジウは瓦市にいる遊び人の文士のような恰好だった。楊汐は富裕な商家の娘という設定で、暮白ムーバイはその用心棒の武人らしい。彼が七星剣を持ち込んでも怪しまれないようにだろう。


「良いですか、設定を頭に叩き込んでください」

 楊汐は心なしか楽しそうだった。

「私は金持ちの商家の一人娘で、親の決めた許嫁がいます。でも遊び人――これが安大夫だいふです――と恋に落ちてしまって悩んでいる。親の期待を裏切りたくないけど、どうしても恋人と共に一生を添い遂げたい。いっそ心中してしまおうかと思ったものの、決心がつかない。それで荷華仙女に助言を求めに行くんです」

「ずいぶん詳しい設定ですね?」

 安玖は半笑いで言った。暮白は無表情のまま手を上げる。

「私はどういう立ち位置なんですか?」

シェン道長は商家の一人娘の用心棒で幼馴染です。本当は昔から一人娘に想いを寄せているけれど、決して叶わない。だからせめて彼女の恋を応援したいと、雇い主である一人娘の父親に隠れて協力してくれています」

 なるほど、と暮白は生真面目に頷いた。他人事のように聞いている安玖に対し、楊汐は視線を向けた。

「安大夫だいふも真面目になさってください。あなたは官吏の登用試験を受けに桂昌に来たものの、受験費用を賭博に溶かしてそのままずるずると瓦市で遊び回っている顔だけ良い駄目人間です」

「俺だけなんかひどくないですか?」

 しかも妙な現実味がある。

「でも商家の一人娘のことは大事にしたいと思っています。ただ、駆け落ちまでして幸せにする自信が無い。このまま一人娘が許嫁と一緒になるのが最も幸せなのではないかと心の底で思いつつ、それを言い出せないまま悩んでいます」

「……そうですか」

 色々と突っ込むことは諦め、安玖は大人しく頷いた。


 楊汐は妙なやる気に溢れているようで、付け毛で結い上げた髪に挿した瀟洒な花飾りを揺らし、艶然と微笑んだ。

「中途半端な嘘は見抜かれると言います。荷華仙女と面会する機会を取り付けるのには本当に苦労したので、絶対に今の設定は忘れないでくださいね」

 彼女はぴったりと手首まで覆う袖の上から、呪詛の刻まれているあたりを指差した。

「もしボロを出したら私が呪殺しますから、そのおつもりで」

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