39話 機械体

「分かった……。感謝する。クリスティ、行こう」

「ありがとう!」

 クリスティとカインが遠ざかっていく足音を聞きながら、テミスはコルヴァと再び睨み合った。


「死ぬ気ですか? やっぱり抵抗勢力の人間って、物好きですね……」

「そう。覚悟してなきゃ、抵抗なんて出来ない。この世で唯一、身体と脳を持たない機械体サイボグ仲間さん。あんたも、心はあるんじゃない? まあ、知ったことではないけれど」

 テミスが挑発してやると、すぐに表情が刮げ落ちる。これで無感情のつもりとは驚きだ。テミス自身、友人たちを亡くしてからいっそう人間味を失ったが、消えることはなかった。失ったものの大きさに、いっそ心を壊してしまいたいと何度も思ったにも関わらず。

『機械体は生身の部分が心臓しかない、だから機械にも人間にもなれる』

 そうユリアスは言っていたのに、結局人間の〈魂〉から逃れることは出来なかった。コルヴァも従順な機械のつもりでいて、どうしようもなく人間でもある。同胞として憐れに思うばかりだった。


 今からの戦いで、恐らくテミスと『アナンシの炎』は殺される。足止め程度には戦ってみせるつもりだが、勝利の可能性は限りなく低い。事前に『アナンシの炎』で試算シミュレトして、どうあっても勝ち目がなかった。同じ機械体でもテミスは試作品のようなもので、コルヴァは完全体だ。ただ一機で世界を滅ぼせるように創られている。ノア人がリウを使えると言っても、それはコルヴァも同じこと。〝氷喰〟よりもさらに凶悪な相手に、テミスと元々はただの市民であった仲間だけで挑むのだ。


 可能性があるとすれば、〈魂〉——心の部分だけ。テミスは事前に決めていた通り、最後の言葉を舌に乗せる。


「私は機械体だけど、誰かと愛し合って誰かを護ったわ。あんたはどうする。誰を救うための機械体になる?」

「今更、くだらない質問ですよ……」

 コルヴァはテミスの予想通り一笑に付した。だがこれこそが、コルヴァに植え付けられた『ノアを救う』『人を救う』という矛盾した役目を揺らがせる為のものだ。

 やっと全てを終えられる。テミスは言いしれない解放感とともに、誰にも聞こえないように囁いた。

 

「ロミネ、ルネア……今、行く」

 愛する人、そして喧嘩別れした妹の〈魂〉と出会えることを祈り終えると、テミスは地を蹴ってコルヴァに襲いかかった。


 

 ◆ ◆ ◆

 

 ディルは必死だった。テミスから三日後に戻るはずだと伝えられたのに、カイン達が姿を見せない。皇帝は表向き戦争中であるはずの法王領へと向かった。皇帝ハイデンベルグが乗っ取りに遭ったのは明白だ。思念通話の際、テミスには余裕がなかった。もし何も知らされないまま法王領へ向かってしまったとすれば、カイン達が危ない。


『あの機械女、肝心なとこ抜けてやがって! ディル、娘は法王領だと思うか?』

「いや、カインはどんな手を使ってでもクリスティを逃がすだろう。だとすればトリアへ向かうはずだ」

『本当かよ、根拠は?』

「信頼だ」

 ディルが言い切ると、オラドはやや困惑した様子の後、けっ、と呟いた。


 予想通り、クリスティは北東にいた。前線基地まで下ってきていたのは少々驚いたが、カインとともに三年も旅していたのだから、自分が知らない強さを身につけていてもおかしくない、と考え直す。忙しなく動いている娘を横目に見ながら、ディルは皇帝の身体をもつ偽物へと斬りかかった。


「はあ? お前、何故ここにいる? あれだけコルヴァにご執心だったアンタがよぉ!」

「お前に答えるつもりはない。死ね、滅びた世界の亡霊ども」

「なッ……お前! どうしてリウを扱える!?」

「さあな」

 〝劫火〟は少し言葉を交わしただけでもわかるほど狂乱していた。テミスが言っていた。ユリアスの手の者は、一〇〇〇年を生きる間に〈魂〉が老いてしまい、精神的に歪になっているのだと。これだけ錯乱している相手に、槍を手から弾く程度、ディルにしてみれば造作もなかった。哀れだと思う。コイツらも、亡者共に好き勝手される【イブ】、俺たちも。


 〝劫火〟を倒した後、クリスティと話した。神剣の扱い方を教え、すぐに立ち去るつもりだった。

「……助けに来てくれたんでしょ? 今度は、どこへ行くの?」

「今、コルヴァをテミス達が食い止めているが、もう限界の筈だ。俺が行かなければ奴がやって来て、こちら側イブの勝ち目が無くなってしまう。だから、俺が……」

「……どうして、一緒に来てくれないの? 今、カインも大変なんだよ。私だって、ずっと父さんに、会いたいって……」

 泣きそうな声で引き留めるクリスティに、ディルは身が引き裂かれそうな心地になる。覚悟しているつもりだったが、愛する娘に直接会ってしまうと、どうしても心が揺らいだ。今から全てを投げ出して、イブもノアもどうなってもいい、父娘いっしょに穏やかに暮らそうと、そう言ってしまいたいと思った。

 

『ディルお前、忘れんなよ。オレとテミスと誓ったはずだ。その為にもう何人も死んだ。今更逃げるんじゃねーぞ』

 オラドが厳しい口調で言った。ディルは心から彼に感謝した。お陰で自分はまだ〝黒鬼士〟でいられる。

 角兜を外して屈むと、クリスティに視線を合わせて笑顔を見せた。

「メアリ……俺は、お前を愛している。もちろん、母さんも。だから、行かなければいけない。許してくれなくていい。だけど、生き延びてくれ」

「……そんなの、私もだよ」

 クリスティの言い方は母ユジェによく似ていて、カインの面影も感じた。ディルは立ち上がって娘の頭を撫でてから、背を向ける。

 今はこの場に居ない親友へ娘のことを託し、再びノアへと向かった。

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