33話 使命

 テミスとアルヘナは一時も休もうとしないまま、三人の亡骸とともにアルマスに帰国した。二人は帰り着くなり倒れ込み、住人達に慌てて運ばれた。テミスが次に目を覚ましたのは、三日後のことだった。目覚めたテミスはしばらくぼうっとした後に、起きた出来事を反芻し、耐えきれず慟哭した。止めようがなかった。


 後から病室にやってきた住民の男性に宥められてから、どんな状態でどのくらい気を失っていたかを聞いた。身体が機械だったから見守るくらいしか出来なくて、と申し訳なさそうに言われる。この奇妙な身体を見て追い出されなかっただけでも、心から有り難かった。

 動けることを確認すると、ある場所へと案内された。住民が案内してくれたのは墓地だった。仲良く横並びになって、三つの墓石が並んでいる。

「あいつら、無茶ばっかしてたから。連れてきてくれて本当に良かったよ」

「……ロミネも埋めてくれたんですね……」

「あの姉ちゃんか? 悪いな、勝手に。腐っちまうよりは、と思ったんだ」

「いいんです。それがいい。イブに眠る方が……」

 テミスがぼそりと零した言葉に、住民は首を傾げる。滅びゆくノアではなく、今後、世界で眠れた、それだけは何より僥倖だった。イブ側の流儀は分からないが、目を閉じて戦友達に祈りを捧げた。


 

 テミスはその後、アルヘナの自宅を訪ねた。ずいぶん騒がしく、桃色の髪をした少女と、黒髪の少年、金髪の少年。歳の頃が同じくらいの子供達が集まっていて、桃髪の女性が慌ただしく面倒を見ている。自身より早く目を覚ましたらしいアルヘナだったが、彼女はベッドの上で俯くばかりで、声をかけても反応を示そうとしない。とても痛々しくて、あまり傍に居てやれなかった。

 応対してくれたアルヘナの夫も、カスターとポールデューのことが辛いのだろう、と言った。もともと覚悟はしていたようで、悲しそうではあるが現実を受け入れようとしている様子だった。

「あの……まだ小さいお子さんが居るって、聞いていたのですが。カスターにも……その子達はどうなりますか?」

「ああ、大丈夫です。息子のレオには僕が居るし、カスターの息子……ディルは、ユジェっていう女の子の家で預かる予定です。ほら、あの子達。歳が近いので、仲良しなんですよ」

 テミスが尋ねると、アルヘナの夫は力なく笑った。カスターにそっくりな黒髪の子、アルヘナにそっくりな金髪の子。親が亡くなり寂しい想いをするのでは、と心配だったが、それを聞いて少しだけ安心した。



 以降もテミスはアルマスに滞在した。住人達にはとても親切にしてもらい、カスターとアルヘナの子供達の面倒を見ていた。アルヘナの見舞いに通い、彼女も以前ほど明るい表情ではないにしろ、少しずつ生気を取り戻していった。

「息子のレオをね……騎士にしようと思うの」

 ある日、アルヘナはテミスに虚ろにそう言った。意図が分からずにテミスが困っていると、アルヘナはこちらを見ずに喋り続ける。

「あの子は才能があるわ……怖いくらいにね。強い戦士になれば、でしょう? わたしも元々騎士で、うちの一族が皆そうだったから、持てる全部を叩き込むわ。絶対に死なないように……」

 手元を弄びながら憮然と語るアルヘナに、テミスは少しだけ不安なものを覚えた。アルヘナの受けた悲憤を、あの金髪の子が一心に背負うことになる。それは強くなったとして、真っ当と言えるのか。自分の行いで彼女から多くを奪ってしまったテミスには、口を挟む権利があると思えず、ただ無言で俯くだけだった。




 一月ほど経ち、テミスはアルマスを発つことに決めた。アルヘナの家を訪ねて別れを告げ、子供達のもとへ立膝の恰好でしゃがんだ。

「約束するよ。近くには居られないけど、私はあなた達を……あなた達の世界を守る。必ず守るわ」

 テミスはそう言って子供達の頭をわしわしと撫でる。三人の方は理解が出来ないのだろう、きょとんとした顔をしていた。



 テミスは住人の好意で貰った食料や水を積んだ駱駝を引き、墓地に向かう。横並びになった墓石の端に、ロミネの名前が刻まれている。テミスはロミネの墓石の前に跪き、生きていた彼女に触れたときのように、墓石をゆっくりと撫でた。

「ロミネ、置いていってごめん。あなたに貰った命、無駄にしないから」

 そう言って墓石に口づけを落とすと、ひとりでに涙が頬を伝った。最愛の人との別れ。自分などと知り合ってしまったばかりに、他のノア人のように眠ることも出来なかった。でもロミネは文句ひとつ言わず、『アナンシの炎』として活動している時も、死ぬ間際すら笑っていた。だからテミスは立ち止まってはいけない。

 立ち上がり、駱駝に乗りこむと、墓地を後にする。アルマスを離れていく駱駝と黒い女が、落陽によって砂丘に大きく影をつくっていた。




 これ以降、『アナンシの炎』テミスの姿は消える。


 頭領を失った《首喰い》は勢力が弱まり各地に散った。賞金稼ぎまがいの家業を続ける者が、少数残るのみとなった。南部地域は一時平和を享受したが、十一年後に《首喰い》の残党からくる盗賊団がアルマスを襲撃し、混乱の中でアルヘナが亡くなった。さらに三年後にはラフェトゥラ島からの侵攻。立て続けに起こった争いで南部地域は消耗し、治安が悪化する。


 テミスが再びイブに現れるのは、法国歴一〇一九年。アルマスを去ってから十九年後のことだった。

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