32話 終着
ロミネ達を襲った〝氷喰〟に、カスターが背後から斬りかかった。〝氷喰〟は振り返りもせずに、逆手気味に持った剣で受け止める。
「アウリムはこの大剣で斬ったのか? それとも、その馬鹿力か」
「馬鹿力はてめぇだろうが……!」
浴びせられた軽口にカスターは毒づいて、渾身の力で押し切ろうとする。流石の〝氷喰〟も分が悪いと思ったか、地を蹴って剣戟から逃れる。大剣を低く構えたカスターと、相変わらず余裕綽々の〝氷喰〟の視線が交差する。
カスターは察していた。
するべきことはひとつだった。自分が囮になること──全く、まさかこんな形で。始めから分かっていたことなのに、いざとなったら怯えている自分が嫌になる。だがカスターは生涯を信念に生きてきて、今さら曲げる気は毛頭なかった。
ちら、とテミスを、次にロミネを振り返る。それだけで何か察したらしく、ロミネの目が見開かれた。本当に不器用な女だ、何を我慢しているんだか。だがそれもまた、人間らしさ、というやつか。
「おおお!」
カスターはわざと叫んで〝氷喰〟のもとに飛び込んだ。大剣を腰の位置ほどまで低く振りかぶってから、右へ一閃振りぬく。当然、〝氷喰〟は片手の剣で受け止め、空いている方の手を突き出してカスターの身体を貫いた。素手だというのにも関わらず、左胸が半分抉られる。しかしカスターは抉られた全身で〝氷喰〟を捕らえ、血を吐いて叫んだ。
「やれぇ!!」
テミスは背後から二人に猛スピードで接近し、斬りかかろうとしていた。〝氷喰〟は危機と悟って顔を顰める。だが〝氷喰〟は手先に力の入らないカスターから無理矢理に大剣を奪い取り、テミスへと投げ付けてきた。完全に予想外で、テミスは剣で受け止める以外ない。身を挺して作ってくれた好機が潰えてしまう。
その瞬間、テミスと大剣の間に人影が立った。テミスは驚愕したが、彼女は弱弱しい笑みとともに、声なく言った。『まかせたよ』と。
テミスは泣きながら、喉が壊れるほど叫びながら、彼女には触れず〝氷喰〟のもとに駆けた。もはや抵抗手段を失った〝氷喰〟は、憎悪と動揺に染まった表情でこちらを見ている。首が飛び、地面へと転がると、カスターとともに胴体が崩れ落ちた。
〝氷喰〟の胴体が動かないことを確認し、テミスは先ほどの人影のもとへ駆けつけ、崩れ落ちるように伏せった。背中に深々と大剣が刺さったロミネが夥しい血を流して、地に倒れていた。
「うそ……でしょ……」
テミスはロミネの身体を抱え起こす。大剣を抜いてやりたいが、血が噴き出してしまう。今どうしたところで、助かる傷ではなかった。ロミネは青い顔のままテミスを見て、子供のように笑って見せた。
テミス達の横をアルヘナが通り過ぎ、ふらふらと覚束ない足取りで〝氷喰〟の遺体と重なっているカスターの元に向かった。へたり込んだ彼女の前で、カスターは静かだった。ぴくりとも動かず、普段の不愛想さとは正反対の安らかな顔で眠っている。
「テミ、ス……」
腕の中でロミネが囁く。テミスは泣いて、言葉の代わりに彼女の手を握った。ロミネは気怠そうに視線を持ち上げてから、か細い声で喋る。
「まも、れて……よかった……。だいすき……だよ……」
ロミネの瞳から涙が一筋零れ落ちた。柔く微笑んだままでロミネは停止する。呼吸が消えた。腕の力が失われ、無常なまでに刻々と体温が失われていく。
何だ。何だそれ。テミスは目の前の現実を受け入れられなかった。たった一言喋っただけで、処刑執行されたかのような冷淡さで、愛する人の命を奪っていってしまった。あれだけ愛していたのに、言いたいことなんて山程あるのに。護れたって、あなたを護るのは私の方じゃないか。どうして、どうして、どうして。
頭の中をめちゃくちゃな感情が嵐のように飛び交っている。〝氷喰〟を倒せた。ポールデューもカスターも死んだ。私が巻き込んだ。私のせいだ。アルヘナも何も喋らなかった。ただ静かに泣く声が聞こえてくる。
戦いの場を包囲するように立っていた《首喰い》たちが、無言で散らばり、立ち去って行った。首魁の〝氷喰〟が戦っている間も一切手を貸さなかった彼らは、恐らくそうするように指示されていたのだろう。荒くれ者たちの集まりとは思えぬ忠誠心で、静々と姿を消していった。
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