30話 約束
カスターによって地へと伏せさせられたアウリムは、信じがたい想いで真上の男を眺めていた。痛みの感覚と意識が薄れていく。赤の双眼が見下ろしている。玉の汗を流して荒い息をついている姿、毒は効いているらしい。化け物だ。
思ったよりあっさり死ぬな。ロクでもないことばかりしていて、お頭に拾われて、イズンやティハと馬鹿やって楽しかった。せっかくならもっと一緒にいて……も……。
アウリムは妙に満足げにわらって死んだ。
兵士を処理し終えたテミスは、アウリムと戦っていたカスターの様子が気になって振り返ると、珍しく立膝をついていて驚いた。すでにロミネとアルヘナが駆け付けてくれている。刀の血を払って鞘に収め、カスターのもとへ急ぐ。
「どうしたの?」
「毒だって。解毒剤は飲ませたから……」
「充分だ、もういい」
「ちょっと、カスター! 足のケガはどうするの。待ちなさい!」
着くなり全員が一斉に喋るので面食らう。辺りを見やると、カスターの前でアウリムという男が倒れていた。これで〝三将〟は全員始末したことになる。最後に、どこかのんびりとした足取りでポールデューが合流した。
「みんな集まってたのか。雑兵は片付けたよ、アニキが頭領を倒してくれたから、戦意もなくして逃げてっちゃった」
「雑兵?」
平時のポールデューであれば扱わないであろう類の言葉を聞いて、カスターが若干反応した。ロミネは両者のやり取りの様子をはらはらしながら見て、割り込んだ。
「と、とにかく傷を手当しよう。私が手当てするから、その後はカスター、アルヘナの馬に乗せてもらって。いい?」
「……わかった」
珍しく強気なロミネに、カスターは一瞬目を見開いたが、意外なほど素直に頷く。先日のやり取り以降、信用してくれているのが分かる。ロミネは一瞬、目の前で倒れたアウリムの無残な死体に視線を向けて、逸らした。
一行は砂地に天幕を張り、夜を過ごしていた。明日いよいよグンロギに入る。《首喰い》との戦いも、〝三将〟を下した今、首魁たる〝氷喰〟を倒せば組織としての力は失われるだろう。
しかしここまで連戦続きで、ロミネ達としても疲労していることは間違いない。
「なあ、〝氷喰〟は……どんな奴なんだ」
カスターが焚火に薪を入れながら尋ねた。顔を上げなかったが、隣で座っていたテミスに対してだろうということは、すぐに分かった。
「……恐ろしい男。仲間と認めた者には優しいけれど、敵と見定めた相手は残忍に殺す。あいつと戦うと、互いに尋常じゃない被害が出た。捻り潰されるようにして、仲間が何人も殺された」
テミスは遠くを見るように語った。テミスの瞳には、
花でも手折るかのように、首を折られる仲間たち。悲鳴の上がる前線。何人かが
「テミス、それ、何時の間に?」
ロミネから訊かれて、深く暗い回想から抜け出すテミス。ロミネが指さしていたのは、気付けば懐から取り出していた青い首飾りだった。
「……トリアでくすねた。あの子の、形見だから……」
不安な気持ちを押し込めるように、首飾りを握りしめると、じゃり、という音が鳴る。テミスの顔と首飾りの間を、ロミネの視線が何度も往復した。
「前にも言ったが、もう一度言うぞ。ポールデュー、アルヘナも」
黙って話を聞いていたカスターがそう言って、全員に目線を巡らせた。
「本当にここで死んでいいのか? 戻っても誰も責めん。 ……覚悟はしているが、もし死ぬことになれば、アルマスの俺の息子を頼みたい。それだけは言っておく」
常に強気で不愛想なカスターが柄でも無くそう言うと、薪が崩れてガラ、と音を立てた。
「……アニキが死ぬとか想像つかないなぁ。ま、でも僕はアニキと姉さんと一緒だったら、どこまでも行くよ」
苦笑気味にポールデューが続けた。戦いに接していない時の彼は変わらず穏やかだ。
「……生きて息子のもとに帰るわ。後の世代に、《首喰い》を残しておけない……気がするの。それにあの子は……。とにかく、死ぬ気で戦うわ」
アルヘナは槍を握りしめた。ティハの夜襲に遭って以降、彼女は片時も槍を手放そうとしない。
「じゃあ、私は約束しよう。〝氷喰〟を打倒し、みんなの命と意思を護る」
テミスは青い首飾りを懐にしまい込んだうえで、心臓の上に拳を置いて宣言した。機械体なりの、誓いのつもりだった。
ロミネは何も言えなかった。戦う術を持っていない自分が、足手纏いになっているのは分かっている。だからここで何かを言える立場にないと思った。それに今、心を占めている感情は、誰かに知られるべきではないものだったから。
テミスの戦いは、もちろん『アナンシの炎』の皆が起きた時の為でもあるだろう。しかしそれ以上に、
ノアもイブもどうだっていい、自分と一緒に生きて欲しい。どうして戦いと妹のことに必死になるのに、
「……ちゃんと護るよ。私が……」
知らず知らず、決意は声となって現れていた。ロミネらしくもない言いように、ロミネ以外の全員が驚いた顔をした。
「……ロミネ?」
思わずテミスが尋ねたが、ロミネはすぐに舌を出して笑って見せる。安心したように皆が笑ったが、カスターの表情だけが苦々しく歪んでいたことには、誰も気付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます