26話 強襲
一行はジョーユーズの宿で休んでいた。男女に分かれて二つの部屋を取った。久々にテミスと同室になれたロミネは安心しきって、ぐっすりと眠っている。アルヘナも早めに就寝した。
寝息を立てる二人に並んだ寝台の上で、テミスは薄っすらと瞳を開けていた。ジョーユーズに入ってから、どうにも街の様子がおかしい。聖地の隣に位置する『最後の番人』。人気が疎らなわりに、住民たちに落ち着きがない。まるで何かを隠そうとしているようだ。
夜は深まり、しんしんと冷えて静まりかえっていた。ところが、静寂から浮かび上がるようにして、不穏な物音をテミスの聴覚が捉えた。ばちばち、という弾けるような音と、騒がしい声。素早く起き上がって窓を開くと、周囲は敵に取り囲まれており、宿へ火が放たれていた。
「ロミネ! アルヘナ! 起きて、襲撃だ!」
テミスは寝ているロミネとアルヘナを揺さぶって起こした。早くしなければ炎に巻かれる。二人は気怠そうに身を起こしたが、アルヘナの方はすぐに事態を悟って顔色を変えた。
「火が放たれてる。二人はすぐに宿から脱出して! 私は男衆を起こしに行くから」
「あなた一人で? 危険だわ!」
「大丈夫。それよりロミネを守ってほしい。時間勝負よ、頼むわ」
アルヘナはテミスの言うことに迷いながらも頷いた。最低限の装備を身につけ、まだ寝ぼけ半分のロミネを引っ張り上げる。
「ロミネ、走るわよ! 袖で口を塞いで姿勢を低くして!」
「ん、ん……⁉ わ、分かった……!」
アルヘナに引き摺られるようにして、ロミネも宿の中を走る。ようやく目が覚めたロミネだったが、急いでいてテミスと話しをできていない。心配と不安が胸の内を覆った。
火の回りは早く、すでに宿の玄関口は燃えてしまっている。アルヘナは素早く状況を判断し、一階の客室を通り過ぎ、裏手にあった勝手口を蹴破った。ロミネはアルヘナに引っ張られるまま外へ飛び出し、脱出に成功する。二人は地面に倒れ込み、土手の上に転がった。
「ハァ、ハァ……!」
「はぁ、はぁ、あっぶな……はぁ、あ、アルヘナ!」
荒い息をつく二人だったが、ロミネがすぐ正面を指差した。痩身で小柄ながら、人を寄せ付けない威圧感を放っている男が立っていた。髪色は暗くて判別できないが、金色の瞳は夜闇の中でぎらりと光っていた。金眼の男の背後には、数十名の戦士達が付き従っている。戦士達は荒くれ者という呼び名が似合うような、粗末な風貌をしており、《首喰い》と思われた。
「ほお、この短時間でよく逃げおおせたな。面白い」
細身の戦士は、二人の姿を認めてもにやりと笑うだけだった。アルヘナは息を荒くしたまま立ち上がると、槍先を男に向けた。
「まあ、待て。お前らの連れがどうなるか見てからにしようじゃないか。命からがら生き残るか、焼死体となって生涯を終えるか……」
「何言ってるのよ……あんた、誰よ?」
「自分か? 自分はティハ。《首喰い》では三将だとか、そのように呼ばれている」
剣呑な眼差しを向けるアルヘナに問われ、痩身の男・ティハは至極つまらなそうに返答した。人の生き死にに言及するとき以外、表情の変化が乏しい男だ。
宿はあっという間に燃え、ごうごうと炎をあげていた。他に泊まっていた客や、カスター達が助かるとは考えづらい。アルヘナはぎりと下唇を噛んだ。
その時、燃える宿からゆらり、と人影が現れて、緊張が走った。人影はざくざくと確かな足取りでこちらに向かってくる。宿泊客が二名、さらにカスターとポールデューを肩に担いだテミスが、何てことのないような顔をしていた。
「テミス!」
ロミネは歓喜の声をあげ、急いでテミスのもとに駆け寄った。彼女が背負っている人たちを降ろす手伝いをする。テミス本人は平静を保っていて、怪我や不良はみられない。そのさまを見たティハが高く声を上げて笑った。
「くはは! 〝氷喰〟のやつが言ったとおりだ、あの女は燃やしたくらいでは死なないと! 面白い」
ティハは体躯に似合わず、巨大で無骨な斧を持ち出した。助けた人を降ろしている最中のテミスにずかずかと近寄り、斧をその首元に向けた。
「お前のような者と戦えることを愉しみにしていた。さあ、さっさとそいつらを降ろして戦え!」
先ほどのつまらなそうな顔から一転して、ティハは興奮気味に言い放った。自らが放った炎の被害者を邪魔だと言わんばかりに扱う精神性は、異常というほかなかった。テミスは無言でじっと睨んでいたが、その背後から、何者かが高く跳躍した。ティハの金眼が煌めいた。
跳躍した褐色肌の男は、
「……ティハ、だっけか。テミス姐さんの前に、僕と一戦願えないか?」
ポールデューは、地を砕いた鉾槍を持ち上げて、にこりと微笑んだ。
「面白い!」
ティハは目を細め、持っていた斧を振り上げた。ポールデューも応えるように鉾槍を持ち上げ、互いの斧が交差してけたたましい音を鳴らした。
ティハとポールデューが戦い始めたそばで、テミス達のもとへ《首喰い》達がにじり寄って来ていた。カスターは煙を吸ったのか気を失っており、今この場で戦えるのはテミスとアルヘナだけだった。
「テミス、あなた大丈夫?」
「全然平気。こいつらを倒さないと」
心配そうなアルヘナにさらりと答えると、テミスは一歩進み出て刀を抜いた。黒い刃はアルヘナとロミネを護るようにして、《首喰い》達の姿を遮る。ロミネは、強く、凛々しい黒い背中をうっとりと見つめた。
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