25話 忠告
テミス達は亡骸を葬ったあと、予想外に時間を使ったこともあり、マリウス大河沿いに進んでジョーユーズに入った。法王領の直轄地であるため本来は誰でも立ち寄れるのだが、先日まで《首喰い》イズンによって占領されていたのだという。
「随分と静かな町だな」
ポールデューは中心部の噴水を囲う石垣に腰掛けて、居心地悪そうにつぶやく。
実際、ここは聖地レ・ユエ・ユアンへ向かう者や僧兵を受け入れたり選別したりする役割を担っており、『最後の番人』という呼ばれ方もある場所だ。信者と神官がほとんどの静かな場所である。
「あの女、こんな街を占領して何してたんだ?」
カスターはポールデューの隣で大剣を手入れしながら言った。《首喰い》イズンが倒れても、住民たちに特段混乱している様子は見られない。どちらにせよ、《首喰い》がこのジョーユーズを統治する旨味があるとは考えにくかった。
「あの女、とは……南の〝土の民〟は、随分と無礼な口を利くものだな」
カスター達のもとに、教会の信者らしき法衣服の男性が近寄って来た。〝土の民〟呼ばわり。リットゥを過ぎた途端これだ。ポールデューは不満を示すようにわざと大きく溜め息を付いた。
「イズン様は《首喰い》ではあったが、他の者と違った。賢明で、民を苦しめたりしなかった方だったよ」
男性はポールデューをまるで無視して続けたが、彼の語り様はカスター達にしてみると意外だった。そもそも法王領の直轄地、信心深いはずの彼らが《首喰い》の人間を慕うとは、よほどのことだ。
「なあ、イズンは何のためにここを占領していたんだ? 教えてくれ」
カスターは手入れ途中の大剣を膝に置いて、男性に尋ねた。偏見に寄った人物ではなさそうだ、との判断だった。
「イズン様は、主の命だ、とだけ仰っていた。私にもそれ以外のことは……」
「そうか」
自信のなさそうな男性の返答に、カスターは興味なげに言った。忠誠心が高いのはいいことだが、考え無しというか、杓子定規。不自由な女だったな、と心中で考える。
「……お前達、《首喰い》と対立しているのか? 悪い事は言わん、もう止めろ。イズン様はお優しい方だったが、他の奴らは違う」
ジョーユーズの男性は、不意に忠告してきた。表情が固い。
「どっちなんだよ。それに、もう手を出しちまった後だぜ」
呆れ顔でポールデューが言った。男性は視線を彷徨わせてから、何かを決意したようにもう一度口を開く。
「……なら、もう止めて故郷に帰るべきだ。グンロギのようになる。……根絶やしにされるぞ」
「っ!」
続けて告げられた内容に、カスターとポールデューの顔色が変わる。カスターはいったん眼を閉じて整理するような間をおいてから、再びゆっくりと瞼を開いた。
「グンロギで何かあったのか? 《首喰い》が関係しているのか」
「知らないのか……グンロギは、いま《首喰い》の支配下にある。王族はことごとく殺され、逆らった住民たちも……酷い状況だと聞いているよ」
カスターとポールデューは目線を交錯させ、頷き合う。やはり《首喰い》の拠点はジョーユーズとトリアを超えた先、グンロギにある。現地は相当凄惨な状況のようだ。
「忠告に感謝する。だが、だとすれば……俺達は奴らを猶更、殺さねばなるまい」
男性はカスターから齎された答えに、決意が揺らぎようがないと悟ったらしい。後は黙して、ただ哀しそうに目を細めるだけだった。
◆◆◆
そのころジョーユーズの入口側の馬房で、テミス・ロミネ・アルヘナの女三人組が騾馬たちの世話をしていた。早速戦闘に巻き込まれてしまい、疲労がかかった事だろう。馬櫛を丁寧にかけてやっていた。
「……」
ロミネは横目でアルヘナの様子を伺っていた。あの黒髪兄弟の傍でいつも元気なアルヘナが、見るからに気落ちしている。
原因は恐らく、というか絶対カスターの物言いだろう。
『俺が相手をする。邪魔だ! 下がれ!』
無理もない。どんなに仲が良くてもあの言い方はないでしょ? とロミネは思う。何と声をかけるべきか、頭の中でぐるぐると作戦を考えた結果、ひとまず口を開くことにした。
「アルヘナは、あのふたりとはどういう関係なの? 幼馴染とか?」
出来る限り明るい声色で話し掛けてみた。アルヘナは驚いたように目を見開いた。愛馬に通していた櫛を抜いて、ロミネの方に向き直る。
「実はもともと兄弟だったのよ」
「……兄弟だった?」
「彼らの家に、私が養子としてお世話になっていたの。もう結婚したから一応、兄弟ではなくなっている筈だけどね。今でも姉さんって呼んでくれることがあるわ」
ロミネはなるほどね、と納得した。
カスターが時々『姉さん』と呼ぶことや、ポールデューが妙に身体を気遣っていること。幼い息子を持つ母だからでもあるのだろうが、仲が良いのも納得だ。
「……いつもあの二人と一緒だったわ。遊ぶのも、戦うのも全部。だから、離れてしまうことが考えられなくて……付いてきちゃった。息子を産んだばかりだし、全然実力も追いついていないのにね」
アルヘナが俯き気味に呟いた弱音を聞き、ロミネは驚く。
彼女は、アルヘナは……自分と同じ。力を持たないと分かっていながら、大事な人の傍を離れたくなくて、それだけでこの場に立っている。
ロミネは、何も言えなかった。テミスが妹の意志を継いで、この地を護るために動こうとしているのを、自分のエゴで引き留めているのが分かっているから。そんな自分が掛けられる言葉など、到底ありはしなかった。
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