24話 女騎士
戦いは、こちら側が圧倒的に優勢だった。囲まれた状態からの戦闘であったというのに、テミスとアルマスの三人は次々と敵を排除していく。ロミネは残された騾馬たちを纏めて引き受けつつ、彼らの背丈に隠れて身を守る。
テミスが規格外に強いのはある意味当然として、カスターとポールデューも相当だ。カスターはあの巨大な大剣を振り回して、豪快に敵をねじ伏せていく。ポールデューは鉾槍(ハルバード)を使って状況を見極め、相手の武器によって戦い方を変えている。
敵の女戦士イズンの相手をしているのは、アルヘナ。どちらも騎乗戦を得意としているらしく、アルヘナとイズンだけは騾馬でなく馬に乗り、槍を交えていた。アルヘナの槍裁きは流麗かつ、無駄がない。
しかし、イズンの方は冷静に太刀筋を見極めてから、さらに巧妙なやり口で押し返してきた。アルヘナはどうにか受け止めたが、顔が曇る。なんとか受け流してから、距離を広げた。
「どうやら……本調子ではないようですね。あの兄弟に任せておいて、戦いの場から退いても良いのでは?」
イズンは意外にも、アルヘナに対して諭すようにそんなことを言った。敵として討ち取ろうとするだけでなく、話が通じるならば無益な殺生は避けたい、度量の深さを感じさせた。
だがその瞬間、アルヘナは鬼気迫る表情を見せた。馬にかなり無理をさせて素早く旋回すると、勢いのままイズンに襲い掛かった。ロミネから見ても、突然感情的になったようにしか見えなかった。当然、イズンには軽く往なされるものの、アルヘナは睨み付けながら唸るようにして言葉を発した。
「余計なお世話よ……それが
「っ!」
傍から見ていたロミネには、意図するところは掴めなかったが、イズンの方は何かを悟ったのか、それとも驚きか、大きく目を見開いた。
「……同じなのですね。貴方も……!」
イズンは複雑そうな表情を呑み込んでから、今度は殺気を滲ませてアルヘナを見た。刺突の予備動作。実力差が歴然なのだ、冷静さを欠いたアルヘナが受け損ねれば致命傷になる。危険だ。
「アルヘナ!」
ロミネは思わず声を上げる。アルヘナの顔にも焦りが滲む。イズンが放った槍は、馬たちの足元に構わず飛び込んできたカスターと、大剣によって弾かれた。互いに馬を退き、彼女たちの間にカスターが立ち塞がる。
「アルヘナ、下がれ。俺が相手をする」
「でも……」
「邪魔だ! 下がれ!」
カスターは有無を言わせず下がらせようとする。それにしても酷い言い草だ。アルヘナの方もショックを受けたのか、馬の上で惑っているのが後ろ姿でもわかる。
「あ、アルヘナ! こっち!」
騾馬の間から手を振ると、アルヘナははっとしたように此方を見て、馬を旋回させて近寄って来る。イズンは追討しようとせず、カスターと去っていくアルヘナを交互に見る。
「……なんだ? 何をジロジロと見てる」
「いえ。貴方と陛下が似ていたもので」
大剣を構えたままのカスターが訝し気に訊くと、イズンは隠すこともなく素直に答えた。
「陛下? ……〝氷喰〟のことか。お前は騎士か?」
「いかにも。アロダイト家に仕えし臣下のひとり。陛下には、返しきれない恩がある……」
歩兵と騎兵。有利な状況にもかかわらずイズンは馬を降りてくる。襲撃してきた際にわざわざ名乗り上げを行ったことや、騎士という職位からして、生真面目な性格なのだろう。
「陛下の命に従い、ここで貴殿を討つ!」
「やってみろ」
イズンの気勢に、カスターは口の端で笑う。両者は再び武器を構え、斬り合った。
ポールデューは全身を返り血に染め、肩を上下させていた。一方、近くで戦闘を行っていた筈のテミスは、ほとんど血を浴びずに綺麗な身のまま立っている。剣の血を払って納刀してから、ポールデューに振り向いた。
「無事みたいね。さすが、《首喰い》とやり合うだけあるわ」
「そっちもね。……いや、その身綺麗さはおかしいだろ。どんな手品を仕込んでんだ? 剣も随分変だしよ……」
「剣……これは『刀』って呼ぶの。私の地元ではね」
質問の半分だけが答えとなって返って来て、ポールデューは顔を顰める。有耶無耶にしやがったな。胸の内でそう呟いた。襲撃者たちとの戦いはテミス達の勝利に傾き、敵兵は倒れていた。
「テミス!」
騾馬の群れに埋もれる中から、ひょっこりと顔を出してロミナが声をかけた。テミスも片腕を上げて応じる。
「みんな倒しちゃったの? さすがだね」
「彼のお陰よ」
「ご謙遜を」
軽口を叩きながらロミナと騾馬たちに近付くと、隣にアルヘナの姿もあった。テミスは目を丸くしたが、ポールデューは経緯を何となく察したらしく、神妙な面もちをしていた。
「アニキは?」
ポールデューがアルヘナに訊くと、不満げな顔で遠方を指さした。そこには、大剣を降ろしたカスターと、地に伏せたイズンの姿があった。
「勝敗は決したみたいね」
テミスは淡々と言って、早足でカスターのもとへ歩いて行く。
「……」
大地に仰向けになったまま満足げにほほ笑むイズンを、カスターは無言で見下ろしていた。雌雄が決したのは先ほどのことだ。彼女の槍裁きはアルヘナの腕以上だったし、どのように攻めても巧みに受け止められてしまう強敵だった。
しかし真面目な性格が祟ったか、剣技を棄てた途端に形勢が変わった。イズンの振った槍先を握り、力で無理やりねじ伏せて奪ってから、剣で斬った。
「……骸は弔ってやる」
「感謝……します。〝剛剣〟……」
カスターは目を細める。この女騎士からは自分達への憎しみを全く感じなかった。まるで《首喰い》である自身の非を呑み込んでいるかのように。
イズンは倒れ伏しながら笑っていた。瞼を閉じて暗闇に思い浮かぶのは、かつて見た救い主の顔。
──『……王子さま?』
──『秘密にしてくれ。君、王宮で俺に仕えてくれないか?』
貧民窟に似つかわしくない高貴な装いの男が、手を差し伸べた。まだ年端もゆかぬ少女にそんな言葉をかけたのは、少女の身体に無数の傷跡が付けられていたからだろう。
優しい王子に心酔し、仕え、傍に立ち続けている内に気付く。主が見ているのは、我が国アロダイトでもなく、《首喰い》でもなく、もちろん自分でもない──。
(……様、お先に……申し訳……ません……)
イズンは弱弱しく血を吐くと、もう動かなかった。
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