23話 兄弟
カスターとの問答を経て、協力を約束したテミス達。南の小国・アルマス出身だというカスター達三人は気兼ねない様子で会話をしている。彼らを横目に見ながら、テミスは小さく呟いた。
「全員、
「テミス、この時代だとその呼び方はしないらしいよ。蔑称だけど、〝土の民〟って言うんだって」
ロミネは三人には聞こえないようにこっそりと耳打ちした。テミスは目線を送って小さく頷いてくる。
「……彼らの魂は四〇年しか生きられない。それでもあんなに、自分達の守るべきものをしっかりと見据えて、生きてる……」
テミスが誰へともなく放った言葉は、ロミネの心に突き刺さった。
分かっているのだ。テミスの本質は正義感や罪悪感で、己の信念に従って生きることを望んでいる。それを自分が
「尊敬しちゃうよね。協力してくれるっていうのも、心強いし! さすがの交渉だったね、テミス!」
「あはは、ありがと。正直〝氷喰〟は手強いから、助かるよね」
にこにこと笑いかけながら、ロミネが腕を絡ませる。テミスは視線を三人に向けたまま、薄く笑ってくれた。
心の底で罪悪感に溺れそうになる。事態はもう動き始めてしまったのだ。甘く夢のような日々はもう、戻ってこない。
ロミネ達とカスター達はともにリットゥを発ち、北上してグンロギを目指すことになった。《首喰い》たちがアロダイトから南下して来ているなら、その間のどこかに拠点を置いているはずだ。考えられる国は、グンロギ、トリア、ジョーユーズの三国。南から順にジョーユーズ、トリア、グンロギという順に辿っていく方針となった。大陸東部を流れるマリウス大河に沿って北上していく。
「マリウス大河って〝母なる水源〟って呼ばれてんの、知ってる?」
騾馬の上から、ポールデューがおもむろに声をかけてきた。ロミネの雰囲気から話しかけやすいと思ったのだろう。この男、戦いの場以外ではどうも軟派なところがある。人のことは言えないが。
「……大昔にいた、偉大な女王にあやかって付けたって聞いたわ」
「おっ、テミス姐さん、流石!」
しかも本人は気付きようがないが、話題のチョイスが最悪だ。
マリウス大河の由来はティ・ルフ王国の〝永妃〟ルネア。彼女の名前が忘れられていくうち、法王ユリアスの名前と混ざって今の呼び名になったのだ。テミスの内心は今頃、ズタズタになっているだろう。話題を変えねば。
「〝母なる〟っていえば、実はアルヘナもお母ちゃんなんだよなあ」
「えっ?」
ロミネが話題を捻りだそうとしていた時に、当のポールデューが思いも寄らぬことを口にした。急に話題を振られたアルヘナは、バツの悪い顔をしながら話に入ってくる。
「実はね……息子がいるの。まだ一歳」
「一歳ッ!?」
これには叫ばずにいられなかった。ロミネは身近に子供が居たことはないが、流石に親が離れられない年齢ということは分かる。彼女自身の身体もまだ辛いのではないか。そんな心配を遮るように、アルヘナの籠手を装着した左手が何度か振られた。
「いいの、私が望んだことだから。この地域を守ることが息子を守ることに繋がる。他に出来る人がいないし、この兄弟の世話をしないと心配だからね」
「お前は、そうしないと落ち着かないだけだろ」
騾馬の上で前方を見たままのカスターの声が、不躾に割り込んだ。
あーこの人苦手だ。でもそういえば、アルヘナに『無理するな』って声かけてたっけ。実は優しいのかな。ロミネの心中は複雑だ。
「アルヘナは元々、養子として僕らと一緒の家で育ったんだ。血は繋がってないんだけど、もう長い付き合いだし、僕らの面倒を見るのが板に付いちゃってね」
「そういう訳だ。姉さんは無理ない程度に頼む」
「何よ、カスターだって同じくらい歳の息子置いてきてるじゃない。足手纏いにはならないわよ」
口を挟む間もなく、アルマス出身三人の応酬が続く。血が繋がらなくても兄弟として本当に大事に考えていることが伝わってくる。仲がいい。
ロミネは何だか羨ましくなってしまった。自分とテミスの間にあるようで、ないものに見えて。
「みんな、待って」
和やかな空気を打ち消すように、テミスの鋭い声が響いた。びくり、と身体が反応して肩が上がってしまう。アルマスの三人もテミスの変わりように異変を感じ取ったようだ。
「……蹄の音が複数、聞こえる。周囲の全方向から……囲まれるわ。戦う準備を」
静かに頷き、それぞれが武器を手にして騾馬から降りる。早速、《首喰い》の刺客だろうか。テミスの言った通り、次第に音が大きくなる。頭まで外套を被った者たちが、馬で近付いてくる。数はそれほど多くない、十名程度だろうか。
最も前方を進んでいたカスターが居る方向に、接近してきていた《首喰い》のひとりが、外套の頭部部分を勢いよく脱いだ。露わになった顔は金髪、碧の目、褐色肌。顔付きは全く違うが、奇しくもアルヘナと外見がよく似た女性だった。
「我が名は《首喰い》のイズン!貴殿らに忠告致す! 武器を捨て、降伏されたし。さもなくばここで命を落とすこととなる!」
イズンは槍を天に掲げ、高らかに言い放った。
無法者の集まりである《首喰い》という組織の一人にしては、随分と畏まったやり方を取る人物だ。そして、目も覚めるような美人。ロミネ個人は余り戦いたくないと思っていたが、先頭のカスターは誰に意見を聞くこともなく、決然と言った。
「断る。お前らの目的がどうであれ、俺達は国を護るだけだ」
やっぱりこの人苦手だ。ロミネがそう思ったのとは裏腹に、テミス達は勇猛果敢に飛び出していく。
正面の馬の上で、イズンが何かを堪えるような表情をしてこちらを見つめていた。
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