22話 首喰い

 同時刻、大陸南東部のとある国。中心通りに面した一軒の宿を、住民たちは敢えて近寄らず見ないふりをしている。彼らに近付くことが危険だと、誰もが知っていた。


「……そうか、ご苦労だった」


 宿の中は異様な雰囲気だった。宿に集まっているのは荒くれ者、殺し屋、武器を隠し持っている者ばかりで、中には盗賊や浮浪者のような者までいる。中心に座す人物は、安い椅子に掛けているにもかかわらず気品ある佇まいで、身に着けている衣服も格調高いものばかりだ。男の金髪と白い肌に浮くような鮮やかな青瞳が、伏せ目がちに見回した。


「……リットゥの者達がやられたそうだ。例の黒い女と、連れの梅鼠うめねず女。それから、治安維持隊の〝剛剣ごうけん〟だ。名のある者のようだが、我々の敵ではない。……仇は討つ、奴らの皮を剥ぎ取ってやる……!」

 金髪の男の喋りは徐々に声量を増していき、最後には握っていた杯を握りつぶしてしまった。男を囲んでいる者たちが怯えて身震いすると、取り巻きのうちの一人——茶髪のにやにやと笑う男が声をあげる。

「おいおい、落ち着いてくださいよ、お頭。殺す前から、怒っても仕様がないでしょ。実際に手に掛ける時に好きなだけ剥いでくださいよ。……ま、僕たちが殺しちゃうと思いますけど」

 茶髪男が言い終わりにおかしくてたまらない、という様子で吹き出すと、隣に立っていた翠眼の女が呆れてため息をついた。

「アウリム、強いのは良いのですが、相手を見くびってはなりません。貴方はよく手を抜いてしまいますから……」

「イズン、それはお前もだ。熱心なのは良いが、周りが見えなくなりすぎる。殺すからにはしっかりと見定めて、首元を狙って斬れ」

 今度は暗藍髪の男——女性を挟んでアウリムとは反対側に立っている彼が、苦笑気味に口を挟んでくる。

「ティハ……」

 イズン、と呼ばれた翠眼の女は肩を落とす。キリがないと思ったようだ。そんな三人の様子を見ていた金髪の男は、先ほどと打って変わって穏やかな笑みを浮かべている。


「お前達は本当に心強いな。俺がこうして役目を果たすことができるのも、お前たちのお陰だ」

「あー、それなんですがね、お頭。どうしてそこまで、黒い女を追うんですか? 昔の因縁なんでしょう? 金にもならねえし」

 茶髪でにやついた顔を崩さない優男・アウリムが問いかけると、金髪の男がまたもや険しい形相に変わった。

「やつは俺の仲間たちを何十人と屠った女だ。時代が変わったとて、放っておけば甚大な被害を生み出すことは間違いない。絶対に殺せ!」

「うお、は、はいはい。分かりましたって」

 降参を示すように、アウリムは両手を挙げた。隣に立つ翠眼の女・イズンが、小声でアウリムに耳打ちする。

「陛下、その話題になると怒りが抑えられないようでして。避けた方が賢明かと」

「なるほど。最近ちょっと、お頭疲れてるみたいだからね……」

 イズンとアウリムが話合っているのを尻目に、じっと正面から金髪の男を凝視していた暗藍髪の男・ティハが口を開いた。

「〝氷喰〟。それで、俺達は何をすればいい。どう殺せばいいんだ」

「奴らはリットゥに居る。俺達を追って北上してくるだろう。お前達は一人ずつジョーユーズ、トリア、グンロギに散って防衛戦を張ってもらいたい。頼めるか?」


 金髪青瞳の秀麗な男──〝氷喰〟の頼みに、取り巻き三人はそれぞれ了承の意を返した。

「御意」短い金髪と翠眼の女戦士、イズンは敬礼する。

「ああ、構わん」暗藍髪に金眼を持つ痩身の男、ティハは顔を背ける。

「承知ですよ」茶髪と青瞳、長身の男、アウリムはにやにやと笑う。

 三人がそれぞれ〝氷喰〟に背を向けて去っていくと、後を追うように《首喰い》たちが続いていく。彼ら三人は《首喰い》の幹部である、三将と呼ばれる者たちだった。


「さあ……見物だな。いつまで燃え続けられるかな? 『アナンシの炎』……」

〝氷喰〟は整った顔のうちに狂気の篭った笑みを浮かべ、囁いた。

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