21話 襲来(2)

 突如現れた、巨大な剣を振るう大男。思わぬ助っ人はテミス達の前に立ち、外套で姿を隠す《首喰い》へと刃を向けて睨みあっていた。

 すると今度は入り組んだ路地裏の間から、バタバタという音が聞こえてきた。どうやって辿り着いたのかは分からないが、細くて若い男が飛び出て、カスターの傍に降り立った。

「アニキ!」

「ポールデュー。何処に居たんだ?」

「アニキが居なくなったんだろ! ……話は聞いてたよ、大丈夫か? お嬢さん方」

 ポールデューと呼ばれた若い男は、多少息を整えたあとで格好付けた立ち姿を見せながら声を掛けてきた。若く、何となく不安定な危うさが目立つ男だ。『アニキ』と言っていたが、カスターと性格はあまり似ていない。髪色は同じで、よく見れば目元も似ている。

「気遣いありがとう。私たちは大丈夫」

 テミスは首を横に振りながら、淡々と返した。

「ちっ……次々と増えやがって……退くぞ!」

《首喰い》たちは、流石にこの数相手で不利と判断したのか、去っていく。テミス達は、彼らの足音が遠のくまでじっと待つ。


「はぁ、はぁ……もう、男どもは自分勝手なんだから! 待ちなさいよ!」

 《首喰い》が去ったのとは逆方向から、ひょっこりと女性が姿を現した。金髪碧目の鎧姿で、カスターとポールデューには似ていない。


「アルヘナ、よく追い付けたな。無理するな」

 警戒を続けていたカスターが、彼女への声掛けと同時に大剣を降ろした。

「平気よ……って、あら? 見ない顔のご婦人方がいるわね?」

 アルヘナと呼ばれた鎧の女性は、テミス達を見て目を丸くする。


「え~と、いったん出ましょう! お礼もしないといけないものね!」

 ロミネが場を取り持つようにそう提案し、一行は路地から出ることになった。





 リットゥの大通り傍、飯刻を過ぎたあとの食堂に一行は雪崩れ込んだ。やや迷惑そうな店主に、軒先だけでいいからお願い~とロミネが交渉し、飲み物だけを持って掛けた。

「さて、まずはお礼からよね。さっきは助かったわ。ありがとう」

「ど~ういたしまして!」

 テミスが平坦な調子で礼を述べると、ポールデューが人懐っこく返した。この男は戦いが終わった途端に飄々とした態度になり、ずっとにこにことしている。


「おい、御託はいい。さっさと……」

「あー、カスターは黙ってて! 君が喋ると喧嘩になっちゃうから!」

 脚を組んで面倒そうな態度をあけすけにしているカスターを、アルヘナが急いで止めた。なるほど、何となく関係性が掴めてきたぞ、とロミネは心の底で思った。


「いや、構わない。私はテミス、そちらがロミネ。この街に住んでいる。訳あって《首喰い》と対立している」

 テミスの紹介に合わせて、ぺこ、と少しだけ頭を下げたロミネだが、構わずに口を挟んだのはカスターだった。

「対立? 懸賞金があるわけでもないのにか。どういう理由だ」

 少しだけびくり、と気圧される。このカスターという男、不愛想で遠慮が無く、ロミネは少し苦手だった。察してか、テミスは即座に返した。


「彼らの首魁から狙われてる。〝氷喰ひょうしょく〟」

「……!」

 カスター達が目を見開いた。三人それぞれが気まずそうな態度を取ったあと、代表するようにポールデューが喋る。


「つまり君達は……《首喰い》に手を出したってことか? 身内の死を絶対に許さないと言われている、奴らに……」

「まあね、昔ちょっと」

 テミスは分かりやすく濁した。確かに、一〇〇〇年前に〝氷喰〟の部隊とやり合ったなどと言えるはずもない。

「二人でか?」

「いや、仲間がいた。今はいない」

 その答えに、ポールデューが視線を彷徨わせる。入れ替わるように、アルヘナが喋り出した。


「私たちはアルマスという街の出身で、南東部の治安維持隊として活動しているの。《首喰い》は昔からこの辺りでも活動していたのだけど、近頃特にやり方が荒くて。窃盗、強奪なんかの被害が出てる。横柄だし、関係のない民にまで手を出しているから、やむなく戦っているの」

「なるほど。〝氷喰〟はもともと北部のアロダイトに居を構えているけれど、ここ数月の間にこっちへ移動しているらしい。奴の影響が大きいだろうね」

 テミスとアルヘナが頷きあったところで、カスターがため息がてらに口を挟む。


「つまり、お前らが居るから〝氷喰〟が動いてるってことか? 何者なんだ一体。場合によっちゃあ、お前らを殺したほうが早いんじゃねえか?」

 カスターはすっくと立ちあがると、背負っている大剣を振り下ろしてテミスの首元に構えた。場に緊張が走る。


「ちょっと、カスター! やめなさいよ!」

「姉さん、黙っててくれ。俺達の国がこいつらに脅かされてるとしたら、こうするべきだ」

 動かず、カスターの赤い瞳がテミスを見下ろしている。テミスも全く動じず睨んだままだ。ロミネは止めに入りたい気持ちもあったが、黙っていた。こういう時テミスはいつも、自分が有利になるように交渉するから。


「……秘密を守ってもらえるなら、私も信用するわ」

 テミスはそう言って服の袖を捲った。そこには黒い機械の腕があり、きぃ、という音を立てた。


「っ……!」

「なんだこりゃ……!」

 アルヘナは口元を抑え、ポールデューは立ち上がって声を上げた。イブの人間が機械体サイボグを見るのは、初めてのことだろう。


「私は機械体サイボグ。普通の人間じゃない。そしてそれは〝氷喰〟も同じ。彼らに対抗するには、それなりのやり方がある」

「……俺達には、《首喰い》には敵わないと?」

「相手が持っている力に対抗できるなら、勝てる。私を消せばこの地域は一旦平和になるかもしれないけど、対抗手段が永久的に失われるわ。どう? 私たちと手を組まない? 〝氷喰〟を倒したいのは、私たちも貴方たちも同じはず」


「……」

 テミスの腕を見据えたまま、カスターは押し黙る。ポールデューとアルヘナは心配そうに様子を見守っていたが、口を挟もうとはしなかった。暗黙の了解のようなものがあるようだ。


「……いいだろう。信用に値するかどうかは、これから見極めればいい」

「取引成立ね」

 カスターとテミスが握手を交わすと、張り詰めていた空気がやっと和らいだ。ポールデューたちが胸を撫でおろしている。

 ロミネは、にこりと笑いながらも心中は穏やかではなかった。ついに、戦いに戻る日が訪れたのだ。それはテミスとふたりでの、静かで幸せな暮らしの終わりを意味していた。

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