20話 襲来(1)

 翌日もロミネは街中に出る。リットゥの街へはこまめに繰り出して、気になる情報があればテミスに伝えるのが役目だった。テミスは敵方に名を知られている可能性があるし、機械体と悟られるわけにはいかないので、身を潜めていなければならない。

「あっ、ロミネ。ちょっと寄っていかない? 新作の布が入荷したのよ!」

「ほんと~⁉ 寄る寄る!」

 道端で反物屋の店員に声をかけられ、ふらりと店に入る。ロミネは戦いは全くできないが、生まれつき人に好かれやすいらしく、友人を作るのが得意だった。相手もまさか別世界の住人だとは思いもよらないだろうが、この特技は情報収集にはうってつけで、組織と愛する人の役に立てることを嬉しく思った。


 だがこの時、先に反物屋に来ていた客の男から、冷たい視線を向けられた。すれ違いざまに、ロミネを二度見。『腑抜けた女だな』『大丈夫か』といったような、常日頃向けられる平和なものではない。明らかに、探していた獲物を見つけた時の目だった。

(……あれは、やばいかも……)

 反物屋の店員が気分よく話しているところに相槌を打ちつつ、ロミネの頭の中は男のことでいっぱいだった。【ノア】で直接、軍とやり合っていた頃に浴びせられた、敵意だ。



──『“氷喰”ひょうしょくは連合政府の一軍を担っていた男なの。身内には甘いけど敵には情けがない、そのうえ絶対に逃さないと言われていた男だから……油断はできないよ』──

 昨晩、テミスから言われた言葉が頭を過る。男の姿はすでに店内には見当たらない。店員の話を出来るだけ早く切り上げ、ロミネは店を出た。ゆっくりと歩き、徐々に早足へ。途中でぴたりと足を止めてみると、後方で複数人の足音が鳴った。

(やっぱり跡を付けられてる)

 ロミネは今度は全力で走り出した。後ろの足音も同時に慌ただしくなる。大通りから逸れて走り、軒先に出ていた植物や看板に足を取られそうになりつつ、必死に逃げた。だが追っ手は一定の距離を保ったまま、巧妙にロミネを追い詰めていく。少しずつ選べる道がなくなっていき、最終的に行き止まりへと辿り着いてしまう。


「ううっ……」

 ロミネは行く先を失って振り返る。正面から向き合った追っ手たちは、外套で身体を隠していた。体格的には、いかにもな大柄の者から痩身まで様々だ。

(彼ら……ただのごろつきじゃない。これは《首喰い》のやり口だわ)

 ロミネを追い詰め、じりじりと近付きながら、追っ手の一人が口を開く。

「お前ひとりか? 黒い女はどこだ」

 外套の中から短剣を持ち出す。ロミネは壁に背をつけ、切先を見つめて押し黙る。

「おい、黙んなら殺すぞ。早く吐きな」

 追っ手の男は短剣の刃を倒して、ぺち、とロミネの衣服を叩いた。一瞬遠くへと目線を投げてから、ロミネは男と再度目を合わせると、言った。


「後ろよ!」


 男たちの後ろから、テミスが細身の剣を手に斬りかかった。テミスは敵を次々に斬り伏せると、亡骸を持ち上げて盾にして身を守り、ロミネのすぐ傍まで移動した。

「無事? ロミネ」

「うん!」

 抱き着きたい衝動を抑えつつロミネは答えた。こちらを見ずにテミスが頷いて、追手に向けて剣を構える。赤い瞳をギロリと向けられ、追手の男たちが俄かにざわめく。

「状況が分かっていない様だな……“氷喰”さまから殺すように指示を受けている。大人しくしろ」

「分かっていないのはそっちじゃない? 無事には帰れないわよ」

 脅しをかけられても、テミスはすかさず言い返した。黒の剣刃が鈍く光る。剣ではなく、ノアでは『エルドリウムブレード』と呼ばれている武器だった。機械体サイボグを動かすためにリウを大量積載しているテミスだけが扱う事のできる、特性品だ。

「生意気な女め。殺せ!」

 追手の男たちが向かってくる。テミスもまた応戦しようとした、その時だった。



 今まさに斬り結ばれようという中心へ、割り込むようにして大きな影が覆った。何が起きたのか、とロミネ達が空を見上げる。巨大な大剣を持った男が、降って来た。落ちる勢いのまま大剣を振り下ろし、両者の鼻の先に刃が掠めた。


 まるで隕石が落ちたかのような轟音とともに、男と大剣が間に入って、地を破壊した。あまりの事に立ち止まってしまった両者にかまわず、男はゆっくりと身体を起こす。遠目から見守っているロミネと、大剣男の視線がぶつかる。

(テミスと、同じ色の瞳──)

 愛する人と似た赤い瞳が、こちらを見ていた。


「おい、あれって……」

「〝剛剣〟のカスターか⁉ 厄介な……」

 追っ手たちの中で名が囁かれ、テミス達の耳にも届いた。高名な戦士であるらしい。男は巨大な剣をのっそりと持ち上げると、テミス達に背を向けて、追っ手の方へと剣先を向けた。どうやらこちら側を味方してくれるようだ。


「ね、ねぇ。カスターさん、だっけ? ありがたい、ありがたいけど」

 ロミナは恐る恐る、男の背に向かって声をかけた。テミスも口を挟む。

「そうね、関わってはいけない。彼らは《首喰い》、とても危険なの。手を出せば最後、貴方の命も、家族も、故郷も……大事なものは全て奪われるわ。だから今のうちに逃げて」

 彼女たちが相手にしている《首喰い》は、ただの野盗ではない。獣のように獰猛な存在。賞金稼ぎでもあり、相手のを仕留めるまで追い回す者たちの組織でもあるのだ。だからロミネ達を助けに入ってくれたつもりであろうカスターに、忠告をしなければならなかった。だが当の本人は、ほんの少しだけ振り向き、面倒そうに口を開いた。

「それが何だ? 盗賊、隣国、賞金稼ぎ……奴らの手にかかれば、どう生きてたってふとした時に死ぬのがこの世だろ。そんな事で、俺は信念を曲げたりせん」

 赤眼の男・カスターはそう言い切ると、面食らったテミスとロミナを無視して、再び《首喰い》側へと向いた。

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