15話 袂別(3)
ジョゼフへ剣を向けたまま押し黙る女王に、兵士長が駆け寄ってきた。
「……ルネア様、ご無事ですか。……如何されますか、この者は」
兵士長はおずおずと尋ねた。兵によって身体を拘束されたうえで無理やり跪かされ、俯いているジョゼフ。腕を斬られた先から血が滴り落ち、息は荒い。
ルネアは、その姿を見下ろしたまま無言だった。ノア人としての秘密を知られた以上、生かしてはおけない。それは間違いない。もし秘密が知られれば、法王を務めるオーデンの身にも危険が迫るだろう。
こんな時だからだろうか、ルネアの頭に走馬灯のように、ジョゼフとの記憶が巡った。
二人で国中を駆けまわり、奴隷商を退治した事。正直苦手に思っていた〈剣の神子〉とのやり取りを、したり顔で代わってくれた事。戦争が始まって、国民から受ける批判の声に対して、盾になるように前に立ってくれた姿。戦火で家族を亡くした子供達を二人で何とか抱きかかえて、王都へ戻った事もあった。
「首を刎ねなさい」
「はっ!」
ルネアが短く、冷たく告げる。兵士長はすぐさま剣を抜き、首の上に構えた。
「……姫様。申し訳ございません」
ジョゼフは俯いたまま、ぼそぼそと呟いた。ルネアはただ何も言わず、じっと見つめている。
「もはや許されはしなくとも……このジョゼフ、いつかの世で……また、貴方を……護……」
ジョゼフがそこまで言葉を紡いだ時。首から先が斬られ、床に転がった。
ルネアは、剣先を向けたまま立っている。もう頭の無い従者の身体を見つめたまま、泣いていた。声を殺し、感情の発露を抑えるようにして、ルネアは大粒の涙を流して泣いた。
◆◆◆
従者ジョゼフの処刑後も、ルネアは普段と全く変わらぬ様子のまま、慌ただしく動いていた。予想通り、グンロギ地方は程なくして全域が占領された。帝国軍が王都へ侵攻するのも、いよいよ時間の問題だ。住民は法王領へ避難をはじめ、兵たちは防衛戦の準備を進めていた。
ルネアはこの日、要塞に向かい、〈剣の神子〉エンジに会っていた。
「る、ルネア様! 今日は、おひとりで?」
神剣『デュランダル』の前で椅子に掛けているエンジは、不安でいっぱいという表情を浮かべていた。ルネアは問いには答えずに、出来うる限りの優しい笑みを見せた。
今は、夫に似ている彼の事を苦手に感じたりはしない。たしかに自身と国はヘラクの裏切りによって多くの被害を被っているが、ルネアが思う夫ヘラクは、わざわざ民を苦しめようとする人間ではない。残されていたダムナティオとのやり取りを見る限りは、夫なりに人を救おうと決めた結果なのだろう。歴代のルネアの夫
七〇〇年の間に添い遂げた王たちに比べれば気弱で、承認欲求のある方ではあったが、彼のそういう面にもっと早く気付くべきであったと、後悔ばかりしている。だからルネアは、夫に似たところのあるエンジを、愛しく、そして切なく見ていた。
「あ、あの……ルネア様。王都の人たちは避難し始めたと聞いてます。兵士さんや、ルネア様もこれから避難されるんですか? そしたら、おらは動くのがおそいから、早めがいいと思うんです。お仕えさんは居ますけど、車椅子じゃあ皆さんの荷物になっちゃうでしょう。だから……」
エンジが一言話すごとに、ルネアの視界が潤んでぼやけていく。何とか堪えると、膝を折って腰掛けたままのエンジに目線の高さを合わせた。
「エンジ。王国の人々はあなたの力が……〈剣の神子〉が居なければ避難は出来ない。だから、貴方と『デュランダル』が彼らを導いて、助けてあげて。法王領まで、皆を頼むわね」
「えっ? ルネア様はどうされるので……? ルネア様!」
エンジは驚いて訊いたが、ルネアはそれには答えず、すぐに立ち上がってその場を後にする。すでに兵士達には指示を出している。住民達とともに、〈剣の神子〉エンジは今晩中にも国を出るだろう。
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