14話 袂別(2)

「金眼の鬼。あれは貴方ね。その姿はどうやったの? 元々は、だったはずよね」

「!」

 ルネアが違えるように差し出した言葉に、ジョゼフは驚愕する様子を見せる。ごくり、と喉が嚥下する動きをした後、ジョゼフから問いかけが戻って来た。

「どうしてそれを、ご存じなのですか?」

「見ていたもの。貴方が生まれた時に立ち会ったのよ、前のルネアが」

 ルネアはそう答えたが、これは嘘だ。本当に立ち会っていたとしても、記憶にある光景が最早、誰のどの息子が生まれた時なのか。七〇〇年を生きた彼女はもう、



 ──三年前。法王領を訪問し、法王の元で『禊』をしていた時。オーデンは一通り話を終えたころに、ふと不安げに呟いた。

『ルネア。あの剣士の〈魂〉だが……』

 オーデンは続きを言う前に、ちらり、と門の外を見た。恐らくは門を隔てたあちら側でジョゼフが立ち、待っているだろう。

『いいのか? 〝金眼の殺人鬼〟の〈魂〉だろう』

『うん、いいの。ジョゼフは従者一族の子だから。大丈夫』

 ルネアはあいまいに笑ってみせたが、オーデンはじっと彼女を見つめている。下手な言い逃れをするな、と言いたげだった。

『……君がそう言うなら呑み込もう。だが、あの〈魂〉は災厄そのものだ。いずれ、君の身を……』

『ごめんね、オーデン』

 自らの身を案じて忠告してくれてるのだ、そうと分かっていながら、ルネアは謝罪した。

 オーデンはそれを聞いて、心配そうにしながらも、一旦は頷いてくれた。


 ノアから来た研究所の仲間たちには、〝リウ〟の力で〈魂〉の形が見える。だから、ジョゼフの見た目が今は白髪青瞳だったとしても、本質的には金髪金眼を持つ〈魂〉であると、ルネアには最初から分かっていたのだ。ノア人が造り、イブでの支配と浄化計画を支える為に混ぜ込んだ、土から生まれた〈魂〉。そのひとつで、敢えて殺人や争いを起こさせる為に生まれた、〝金瞳の殺人鬼〟。


「幼い頃、大病をしました。生死を彷徨うなかで、元々持っていた金瞳の色が濁り、青となりました。同時に髪も白くなりました」

 金眼の鬼の正体、ジョゼフは自らの身体についてそう語った。今この時でも、ルネアの瞳には〝金瞳の殺人鬼〟の〈魂〉が見えている。

「……あなたは、〝褐色人ツィーレ〟を苦しめる人を殺していたの?」

「そうです。貴方が処さぬと言うのならば、誰かが殺すしかない。ですから正体を隠していました。なぜ殺しをしている時に限って、金瞳に戻ったのかは分かりませんが」

 ジョゼフは疑いを素直に認め、弁明しなかった。あまりにも普段と変わらぬ姿に、ルネアは心の底では何かの間違いだったらいいのに、と祈った。

「夜は、人の気が緩みます。本当の価値観が露わになる。我々、褐色人の者を貶したり、蔑みを聞いた瞬間……背後から刺してやるのです」

 ジョゼフは先ほどまでと一転して、心から愉快でならないという笑みに変わった。顔一杯に上がった口角が広がり、狂人足りうる、恐怖を感じさせる表情だった。


 ルネアは悟ってしまった。ああ、だめだ。ジョゼフはもう心根そのものから〝殺人鬼〟に成っている。もうどうしようもない、と。だからこそ、ジョゼフが〝金眼の鬼〟をしている間、瞳は金色に戻っていたのだ。



「姫様、お許しを。痛みはしません。一瞬で終わらせます」

 ジョゼフは抜きっぱなしになっていた剣を再び持ち直すと、刃をこちら側に向けた。

 そのまま、広間の床を蹴って飛びかかる。本当に殺す気なのだろう、首を狙った高い位置に剣先が向かう。だが、剣が振り抜かれた先には既にルネアの姿は無かった。


 ジョゼフが驚き、即座に周囲を見回して、息を呑んだ。ルネアは背後に立っていた。

「何ッ……!」

 振り向きざまにジョゼフの剣は再度振られたが、やはり虚空を掠めた。ルネアはまたしても、背後に回っている。おかしい。衣服の端すら見せず、躱したというのか? そのような芸当、人間に出来うるものではない。そうやって考えているのだろう、ジョゼフは困惑の表情を浮かべて立ち止まった。


 これは〝リウ〟による力だ。身体を支配する〈魂〉の内にリウを蓄えている彼女は、人体の性能を押し上げる事が出来る。通常の人間には残影すら捉えられないだろう。

「誰か! 衛兵を呼んで! ジョゼフが乱心したわ!」

 隙をついてルネアが叫んだ。

「くそッ!」

 ジョゼフは何度かルネアに向かって剣を振るったが、ただの一度も掠めはしなかった。攻防を続けて時間を稼いでいる間に兵士達が駆け付け、ジョゼフを取り囲む。


「飛びかかって数で抑えつけろ!」

 ジョゼフを取り押さえようと、兵士長が発した命令で兵士達が一斉に押さえにかかる。だがジョゼフは身体を固められそうになって、激しく抵抗した。すると、兵士達の身体はまるで布のように投げだされ、何人かが床に転がった。〝金瞳の殺人鬼〟の〈魂〉は、役目を果たすためにに生まれつくよう造られているのだ。


「腕を射ってから落としなさい!」

 ルネアが鋭く指示を飛ばすと、後方に控えていた兵士隊から矢が射られる。手練れの剣士とはいえ、このような狭い空間で集中的に射られては無事ではいられない。腕に矢が刺さり、ジョゼフの動きが鈍くなる。その隙をついて騎士達から斧や槍が振られる。やがて利き腕側である方の右腕が、ざっくりと落とされた。

「がぁあっ!!」

 ジョゼフから獣のような叫びがあがった。

(ああ、もう剣は振れないだろうな)

 ルネアは胸の内で、どこか他人事のように思った。ジョゼフが腕一本になった瞬間、兵士達が一斉に抑え込んだ。捻られたジョゼフの左手から剣が取りこぼされ、かぁん、という音が響く。ルネアはその剣を取りあげ、剣先を静かにジョゼフに向ける。


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