6話 決意(2)
翌日、姉との蟠りに胸の内を重くしながら、研究所へ出勤するルネア。すると、昨日と同様にオーデンから呼び出しをされる。
「おっ? ルネア嬢、連日の御呼出しですか⁉ 所長も隅に置けませんわねぇ~!」
「もうっ! リザさん! そんなんじゃないですってば!」
ルネアに冷かしを入れた声の主は、女性とも男性ともつかぬ中性的な人物だった。明るい灰色の髪に所々明るい色を挿し、着ている服は研究者とは思えぬ先鋭的なデザインをしていて、耳飾りがいくつも付いており、大変華やかな見目をしている。実のところ彼女は、肉体の性別としては男性、精神的には女性だ。本人はどっちでもいいようで、特に区別はつけていないらしい。変人呼ばわりされても一向に気にする様子はない。そんなリザはにやりと笑うとルネアの背中をどん、と押した。
「行っといで~!」
そのまま返事も待たずに手を振って、さっさと歩いて行ってしまう。ルネアは呆れ半分で笑うが、彼女が所員の皆に気を回して、あれこれ世話を焼く人であることを知っている。自分が落ち込み気味であることを察して、声を掛けてくれたのだ。ルネアはよし、と気合を入れなおして、オーデンのもとに向かった。
オーデンは、昨日とほとんど同じ姿勢、同じ場所で待っていた。中央の処置台で眠るコルヴァをじっとり見て、その重い目線を此方へ向けた。
「ルネア。どう? お姉さんと話し、出来た?」
その表情からは、オーデンの感情は読み取れなかった。毎日遅くまで働いている筈の彼は、いつ見ても不健康な顔の色をしている。
「……あんまり」
「そうか」
予想通りといった様子で、ルネアが言ったあとにオーデンからすぐさま返答があった。
「迷っている、という事は、僕とお姉さんのどちらを取るべきか考えてくれているのだろう? それだけでも、僕は嬉しいよ。ルネア」
オーデンは、そう話しながらゆっくりと近づいてくる。
「ルネアは、僕のことが必要かな……。僕はこんな奴だけど、君に救われているんだ。世界を滅びから救うなんて、ヒトのやる事じゃないだろ。長生きして友人も皆死んで、でも、君に出会って……救わなければ、と覚悟することが出来たんだ」
ゆっくりと腕を広げると、ルネアを優しく抱きすくめる。
「だから、僕には必要なんだ。君に、とてつもなく思い役割を負わせてしまうことは分かっているけど、ルネア無しではやれない。すまない……でも、付いて来て欲しい。お願いだ」
ルネアの中で、迷いが立ち消えた瞬間だった。あれだけ欲しかった言葉をこれでもか、という程に並べ立てて、一番好きな人から求められている。それだけで、ルネアにとっては充分すぎる程だった。己を馬鹿だと思うし、姉と家族に心の中で詫びた。この決断は彼らとの対立を意味するだろう。姉妹の両親は、現在の政府とオーデンの方針に反対し、数年前からゲリラ活動を繰り広げている。その為、姉妹は親が不在の家で、ずっと助け合って暮らしてきたのだ。
「……分かった。私、付いて行くよ、オーデンに」
ルネアは、自らを包む腕を強く引き寄せた。オーデンもまた、本当に哀しそうな顔で、頷いた。
ルネアが帰宅すると、姉テミスが、食卓の前で仁王立ちして待っていた。実に彼女らしい。ルネアはこれから告げなければならない事と想いが混じって、口端だけ笑った。
「ルネア」
テミスは、心配だ、と言う時と変わらない顔で名を呼んだ。ルネアはぐっと視線を上げて、真正面から彼女と向き合ってから、口を開いた。
「私、オーデンに付いていくわ」
固い決意を投げつけられて、テミスははじめ、酷く動揺した。目を見開いて、感情を呑み込み切れないという様子を見せてから、小さく呟いた。
「何言って……るの。自分達だけの為に、人を殺して手を汚すっていうの?」
テミスの言葉に、ルネアはゆっくり頷いた。昨晩と構図が逆転している。テミスの視線が泳ぎ、ルネアが決意を滾らせていた。
「ルネア、お母さんやお父さんとも対立する事になるわよ。殺し合いになる。そんなことできるの。私は、無理よ。あんたを手に掛けるなんて……絶対出来ない。だから考え直してよ」
「お姉ちゃん、私は……彼がどうしてもって言うなら、戦うよ。でも、殺さない。ノアの皆を助ける為に、戦うって決めたから」
テミスとルネアの言い合いは、徐々に声を荒げてきていた。
「いざ戦いになって、そんな加減が出来るわけないじゃない。ねえ、馬鹿なことはやめなさい」
「やめないよ。お姉ちゃんこそ、どうするの? お父さん達に付いたって、オーデンに敵わないよ。彼、連合政府の責任者なんだよ。死んじゃうよ!」
「うるさい! 私は、自分達の為に誰かが苦しむくらいなら、自分が死ぬわよ!」
テミスはついに叫んで、食卓の机を拳で叩いた。
姉妹は互いに荒げた息で肩を上下しながら、無言となった。仲良しだったふたりは睨み合って、思いが通じ合わない歯がゆさを感じていた。
「……分かったわ。ルネア、あんたは彼と行きなさい。私は、私の道を行くから」
暫くしてから、テミスは目線を合わせないまま、そう言った。彼女は立ったままのルネアのすぐ脇を通って、一つだけの荷物を持ち上げると、玄関の扉を開く。
ルネアはこの時気づいた。テミスは、こうなる事を予感して既に荷物を纏めて終わっていたのだ。
実に姉らしい。しっかり者で、常に正しくて、信念に生きる人。
「……さよなら、お姉ちゃん……」
ルネアがそう言うと、玄関の扉がゆっくり閉まった。音がしなくなってから、ルネアは床にへたり込み、大粒の涙を流して泣いた。
姉妹お揃いの青い首飾りが、胸の内から零れて、ぶらりと揺れていた。
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