5話 決意(1)

「おかえり~! 晩御飯もう作ってあるけど、食べるよね? オーデンと話せた?」

 ルネアが研究所から戻り、家に帰ると、姉のテミスが迎えてくれた。ルネアはオーデンとのやり取りを思い返して、口から出かかった『ただいま』を飲み込んでしまった。


 ──『元々は、君のお姉さんを彼の役目にしようかと思っていたんだ。だけど、とても仲が良さそうで』──


「……?」

 その様子に、テミスは目敏く気付いていた。

 何かあったな。

 テミスはいったん追及せず、手に持っていた皿を食卓に置く。今夜は、オーデンとの関係に悩んでいるルネアを元気付けられるよう、彼女の好物のグリーンチキングラタンだ。

 姉妹は椅子に掛け、普段は賑やかな食卓がしめやかに整えられた所で、ルネアは受像電視機エレビジョンの電源を点ける。主に政府広報から市民への連絡に使われるものだが、今日は通知があるとのことで見る必要があった。


『国民の皆さん。本日は大切なお知らせがあります』

 画面に映ったのは、統合政府の技術最高責任者たるオーデンだった。

 何の知らせかルネアには察しがついてしまい、固まった。オーデンの声は家中にゆっくりと響いた。ルネアもテミスも、すべてを立ったまま聞いていた。


〝リウ〟を発見した地、レ・ユエ・ユアンの奥で別世界【イブ】を発見した。その地で〝雨〟を浄化してもらうように文明を支配して、いずれはイブ人の〈魂〉をこちらの世界に引き込む。間もなく【ノア】の人々の人体強制睡眠保管クリオスリープ、彼の地への侵攻が開始されること。


 淡々とした公布が終了すると、配信映像はぶつっと切れた。

 暫くの間、食卓の前は無言になり、ふたりは座ったまま俯いていた。彼女たちに限らずとも、住人たちにとってはいつかは覚悟していた事態ではあった。数百年前にこの世界に迫る危機を知った人々は、出来るだけ滅びの時を遅れさせる為に、無駄なリウの消費を抑えて暮らしてきた。そんな世界を救う為に、政府と研究者達が血眼になって方法を探してきたことを知っていた。


「……ルネア。あんたどうするの? オーデン、止めに行く?」

 先に口火を切ったのはテミスだった。テミスの言ったことはルネアには少し意外で、何度か口をぱくぱくとさせた。

「……私はオーデンに付いていこうかな」

「何言ってるの?」

 ルネアの発言に対して、姉は信じられないという様子で声を上げた。

「ちょっと信じがたいけど、こうして放送しているってことは真実なんでしょう。彼は、オーデンは他の世界の人を皆殺して、こっちの世界の餌にしようって言ってるのよ。そんなこと、許せるの?」

 テミスが問いかけると、ルネアは視線をあちこちへ泳がせたが、ぼそぼそと喋った。

「でも私、誰にも死んで欲しくないよ。オーデンも、研究所の皆も、ご近所の皆さんも……お父さん、お母さんも、お姉ちゃんも。その為に出来ることがあるなら、そうするしかない……と思う」

「ルネア……!」

 妹の言い分を聞いた姉は、声を荒げかけたが、我に返ったようにしてから大きなため息を付いた。


「……あんた、もう一度よく考えなよ。明日また、話そう。ホラ、ご飯食べて」

 テミスは、神妙な面持ちのままそう促すと、食卓に付いて夕飯を食べ始めた。俯いたまま立っていたルネアは、納得は出来ていないという心の内が顔に出ていたが、大人しく従った。出来立てだったグラタンは、すっかり温度を失ってしまっていた。

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