2話 女帝(2)

 宿を出て、王都に戻ったルネア達。ルネアは王宮までの道のりでも、熱烈に歓迎を受ける。

「姫様、お帰りなさい!」

「奴隷商退治に出られていたのですかー?」

「きゃあ! ルネア様素敵!」

 住民達はきちんと王宮へ至る道だけは空けて、両脇に立ち並んで待っていた。ルネアを慕う民達が律儀に出迎えているのだ。ルネアが城を開ける毎に起きる現象なので、住人達にとっても慣れたものだ。


 ルネアは、女王という身分でありながら、度々市井に出ては、様々な問題に向き合っている。治水や食糧問題、貿易、南部側との交渉などに対応してきた。今回は、国内の法を掻い潜る奴隷商の問題だ。商人たちを牽制しつつ、女王である自身が動くことで、流通自体にも打撃を与えるのが目的だった。ルネアは住人達に軽く手を振りながら王宮へ戻る。


「お、おかえり、ルネア。大事……ない?」

 王宮内へ戻ってすぐに出迎えてくれたのは、顔が青白く、茶髪で、白い寝間着に身を包んだ男性。国王であり夫でもある人物。名をヘラク、といった。

「あら、あなた! 具合は大丈夫なの? わざわざ悪いわ」

「そんな事はないよ。ほら、もうこんなに元気……ゴホッ」

「ほらほら、無理はしないで。寝室まで送るわ」

 出迎えてすぐ、咳き込んでしまった夫。背を擦りながら、国王夫妻は寝室まで戻る。従者ジョゼフは寝室手前で待つように、と指示されて、敬礼ののちに扉のすぐ傍に立った。


「ゴホ、ご、ごめんルネア。今日は城を出られると思ったんだけど……」

「いいのよ、何も悪くないわ。次にまた元気が出た時に、一緒に出掛けましょう」

 ヘラクと共に寝台に乗り上げ、和やかに言葉を交わすふたり。咳が止まらない様子のヘラクを支え、身体を寝かせてやる。ヘラクは代々続く国王一族の末裔で、由緒正しき血縁の人物なのだが、その血に問題があった。何故か男性は生まれつき病弱になりがちで、ヘラクのように生涯身体の調子に悩まされる事が多いのだ。そのせいで、ティ・ルフ国は女王が政を行う風習が出来た。


「奴隷の件はどう、だった?」

「ジョゼフがスパッとやってくれたわよ! でも、まだ目立つ人たちを捕まえただけだから、あくまで牽制ね」

「そ、そうなんだ……。南部だと、帝国近くのタン・キエムって国で、奴隷の反乱があったとか。すぐ鎮圧されちゃったらしいけどね」


(タン・キエムといえば……リ……〝劫火〟のとこか。大変そうだなあ)

 夫が教えてくれた情報に、周囲には公言できない、内に秘めている呼び名を思い出した。誤って口に出さないように、意識して頭の片隅に追いやってから、頷く。

「宣戦布告されてから一年になるわね。早く、収まればいいんだけど」

 ルネアは、苦々しく呟いて、思わずため息を付いた。


 法国歴七〇四年。この時代のイブ大陸は、第三次北南戦争という緊張に包まれていた。時のエルムサリエ帝国皇帝・ダムナティオ帝が法王領との対立姿勢を鮮明にし、意図的に北部と相反するような政策を取っていた。

 具体的には、肌色による差別的な制度。人身売買と奴隷貿易。そういった政策だ。遂には南北境界線上の小競り合いで、神子の犠牲者が出た。これをきっかけにダムナティオ帝は法王領へ宣戦布告を行った。昨年のことだ。それ以来、南北間ではいつ本格的な争いに発展してもおかしくない状況が続いている。


「……そうね。一度、法王様に御伺を立てに行ってくるわ。境界線の状況も知りたいし……」

「う、うん。それが良いかもね。気を付けて行ってきてね」


 ルネアがそう言うと、ヘラクは安心したのか欠伸をし始めた。おやすみ、と言葉をかけて、ルネアは寝室を後にする。


「……姫様。法王領へ?」

 寝室の扉横で立ち、主を待っていたジョゼフ。城内の頼りない灯りと、ルネアが手に持っている角灯のもとで、ジョゼフの姿は影の様に薄暗かった。壁を隔てた向こう側で休んでいる国王の睡眠を害さないよう、小声で訊いてくる。

「ええ。明朝、出るわ。準備をお願いね」

「御意」

 ルネアが手早く指示をすると、ジョゼフは敬礼を返す。


 陽が落ちきって、城下街も城の中も、賑わいが消えていく。ルネアは、窓から覗く空模様が黒く彩られていくさまを、ぼうっと見つめていた。

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