佐々木夕菜という女の子

 俺たちは教室を出ると帰宅するべく昇降口へと向かった。俺も彼女も帰宅部なので学校が終わるとよく一緒に帰っている。帰る方向も一緒だ。


 昇降口で上履きを靴に履き替え、運動場へと出る。そして2人並んで校門の方へと向かった。


「佐々木夕菜さん!」


 だが俺たちが校門を出ようとしたところで夕菜に声がかけられた。振り返るとそこには1人の男が立っていた。


 あれは確か…隣クラスの田中だったか? 


「夕菜さんに伝えたい事があるんだ。…ここじゃちょっとなんだから校舎裏の方に来て貰えないかい?」


 俺はそれを聞いて「ハハーン!」と閃いた。「伝えたい事があるから校舎裏に来い」。そこから導き出される答えは只1つ。


 これはおそらく「告白」だろう。


 夕菜はモテる。学校1の美少女と言ってもいいのだから当たり前だ。なので彼女と行動しているとたまにこういう事がある。 …彼女は何故か告白を全て断っているようだけど。


 夕菜もその男の目的に察しがついたようで、わずらわしそうに顔をゆがめた。美少女も中々大変そうだ。


 夕菜がめんどくさそうな表情をしている…という事は彼女はこの告白を受けるつもりはないのだろう。もう彼女とは2年の付き合いになるので、友人のそれくらいの感情は読み取れた。


「あー…えっと…」


 夕菜は言葉を濁した。多分断り文句を考えていると思われる。


 …そういえば毎回毎回断り文句を考えるのも大変だと言っていたな。


 優しく断ると相手にまだチャンスがあるのではないかと錯覚させてしまうし、かと言ってキツい言い方で断ってしまうと相手に恨まれる可能性がある。塩梅が結構難しい。


 俺はこの田中という男の事はよく知らないが…顔はそこそこ整っているものの、その表情からプライドが高そうな印象を受けた。


 彼は夕菜を校舎裏に誘い出そうとしているが、こいつと夕菜を2人っきりにさせるのは危険かもしれない。例えば…夕菜が告白を断ったら、プライドが傷つけられたと激昂して襲い掛かって来るとか。


 …こういう「勘」って大体当たるんだよね。


 第六感というか、田中から妙な危機感を感じ取った俺は夕菜を助けるために1計を案じた。


「田中、夕菜はお前の気持ちを受け入れる気はないってよ」


「ちょ、よーへー!?」


 俺は言い辛そうにしている夕菜に代わって彼に返答した。


 簡単な話だ。ここで断ってしまえばいい。仮にここで彼が激昂しても俺が夕菜の盾になれる。


 田中は俺が代わりに答えるとムッとした顔をして言葉を放った。


「な、なぜ君が答えるんだ? 俺は夕菜さんに聞いているんだが!」


「夕菜の表情を見て分からないのか? どう見ても迷惑そうにしてるだろ。つまりお前には芽が無いって事だ」


「クッ、俺は夕菜さんから直接聞くまで信じない。…夕菜さん、どうなんだい?」


「あ、あはは…。ごめんね、あなたとは付き合えないかな」


 夕菜は片手を顔の前に立てて謝罪し、彼の告白を断った。


「そんな…考え直してくれたまえ! 俺みたいなイイ男の告白を断るなんて!」


 しかし田中は夕菜が告白を断った事に納得できなかったのか、鼻息を荒くして彼女に迫った。


 やはりこうなるか…俺の勘が当たったな。こいつと夕菜を2人っきりにさせなくて良かった。


 俺は田中と夕菜の間に挟まり、彼女を守る。


「どけよ! 俺は夕菜さんと話がしたいんだ!」


「うるさい! お前はもうフラれたんだよ! 潔く受け入れろ! フラれた女に未練がましく迫る男のどこがいい男なんだよ!」


「う゛っ…」


「いくぞ夕菜!」


「あっ…」


 俺はしつこく夕菜に迫る田中を威嚇し遠ざける。田中は俺の投げた言葉が効いたのかその場でたじろんだ。


 俺はその隙に夕菜の手を取ると強引にその場から立ち去った。



○○〇



「…よーへー、ゴメンね。私の代わりに泥を被らせちゃって…」


 校舎からそこそこ離れた所で夕菜がボソリと俺に謝罪してきた。いつになくしおらしい。俺が彼女の代わりに憎まれ役になった事を申し訳なく思っているのだろう。


「別にあれくらいはどうって事ないさ。気にするな」


「…よーへーのそういう所、ズルいと思う。でも、ありがとう」


 夕菜はそう言いつつ俺の腕に抱き着く。それと同時に彼女の大きな胸が俺の腕にグニュンと押し付けられた。


「うっ/// だから急に抱き着くな!」


「あはは。よーへー顔真っ赤! 興奮しちゃった?」


「お前なぁ…」


 夕菜はニヤニヤしながら俺の方を見た。…どうやらいつもの調子に戻ったようだ。彼女はやはりこちらの方がいい。



○○〇



 夕菜と一緒に帰り道を歩いていく。季節は4月の初め、桜の花びらは満開に咲き誇り、風に乗って花吹雪の如く道路に舞い散っていた。


 これも今年で見納めかと思うと少し寂しくなる。俺たちは今年高校3年生。来年には高校を卒業してしまうのだ。


「これだけ見事に咲き誇っていると花見をしたくなるな。今度みんなを誘ってやるか?」


「おっ、いいねー! 私、お花見大好き。…した事ないけど」


「した事ないのかよ!?」


「こりゃもう私の初・お花見のためにやるしかないね。良かったねよーへー、私の花見バージン散らせて。花だけに」


「変な言い方するなよ…。なんだよ花見バージンって」


「男の子だって初めて経験する事を『○○童貞』とかって言ったりするじゃん。それの女の子バージョン!」


「そうか…」


「私の初めてを…よーへーにあげるね!」


 彼女は顔を赤らめながら少し色っぽい声を出してクネクネしている。こいつは本当に…適当な事ばかり言いやがって。


「まぁ、お花見した事ないのは嘘なんだけどね」


「嘘なんかい!?」


「ふふーん♪ だーまされてーやんのー。言っとくけど、私の言ってる事の99%は嘘だからね!」


「いや、流石にもっと本当の事は言ってるだろ…」


 なんだ嘘だったのか。…でも花見はやりたいから考えておこう。今年で最後だしな。


「そーいえばさー。よーへーって授業中どんな夢見てたの?」


「夢?」


「ほら、よーへー6限の間ずっと寝てたじゃん? なんだかすごく気持ちよさそうに寝てたからさ。どんな夢みてたのかなって」


「あー…えっとな。なんだっけ?」


 彼女にそう言われて6限目に見ていた夢の内容を思い出そうとしたが、全く持って内容を思い出せなかった。


 …俺はどんな夢を見ていたんだっけ?


「すまん、思い出せない。まぁ…思い出せないという事は大した夢ではなかったんだろう」


「ふーん…」


 俺たちはそんな他愛もない話をしながら帰り道を歩いた。



◇◇◇


軽口を言い合える友人系ヒロイン、夕菜さんの魅力が伝わっていれば幸いです

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