幼馴染への答え

 次の日、俺はあくびを噛み殺しながら学校に登校した。昨日の夜からずっと考え事をしていたので少々寝不足だった。


 …妹の話によると俺の幼馴染の女の子は1人だけだと言う。


 妹の話が真実なのだとしたら…夕菜か日向、どちらかが嘘ついている事になってしまう。


 俺は2人が嘘をついているようには思えなかったし、2人の事を疑いたくはなかった。


 しかし真実を究明するためには、このなんとも言えない気持ち悪さを払拭するには…2人の話を疑ってかかるしかないのだろうか?


 俺を好きだと言ってくれる幼馴染2人の言葉を疑う。それは俺にとって酷く心苦しいものだった。



○○〇



「おっすー、おはよ!」


「夕菜…」


 教室に入ると珍しく夕菜が先に登校していた。彼女は朝が弱く、いつも遅刻ギリギリの時間帯に登校してくるので、今の時間帯に教室にいるのはかなり珍しい事だった。


 …彼女が普段より早く登校してきた理由は分かっている。昨日の答えが聞きたいんだろう。


「夕菜、ちょっと場所を移してから話そう」


 俺は夕菜と一緒に教室を出て、人気のない空き教室へと向かった。



○○〇



 空き教室に移動した俺は夕菜に昨日自分が考えた結論を話した。


 夕菜の事は好きだが、その「好き」の解釈が自分の中でよく分かっていない事、そして俺の事を昔から好きだと言ってくれている日向を無碍には出来ないという事を伝えた。


「ヘタレ! 誰と付き合うかぐらいスパッと決めなよ」


 夕菜はそう言ってジト目で俺を睨んだ。これに関しては彼女の言う通りなので、俺には謝る事しかできなかった。


 しかし完全に言い訳になってしまうが、俺の性格的に付き合う相手をスパッと決めるのは無理なのだ。


 俺にとって好きでもない相手と付き合うのは相手に失礼な事で…だから自分が本当に好きになった相手と付き合いたいと思ったし、自分の事を好きだと言ってくれている娘の告白をよく知らないからと言って雑に扱う事もできなかった。


 俺はそういうめんどくさい人間なのだ。…だから今までモテなかったし、童貞なのだろう。


「…私もよーへーのその変に律儀な所は嫌いじゃないけどね」


「本当にスマン。もう少し、もう少しだけ…自分の中で気持ちを解釈する時間をくれ!」


「はぁ…分かった。今のところは…私が優勢みたいだしね」


 夕菜は俺の出した結論に理解を示してくれたようだった。


 そこで朝のSHR開始を告げるチャイムが鳴る。俺たちはSHRに遅れないように教室に戻った。



○○〇



 時は進み、昼休みになる。


「陽平! 購買に行こうぜ! 腹減ったわ!」


 授業が終わってすぐに和正が俺を購買に誘って来た。彼も基本的に昼食は購買で買うタイプだ。


 俺は少し悩んだ。別に和正と一緒に昼食を食べてもいいのだが、俺の中で日向を昼食に誘い、彼女の事をもっと知りたいという気持ちがあった。


「いいじゃねーかよぉ。最近お前付き合い悪いぞぉ、なぁ親友よ!」


 彼は駄々をこねつつ俺に肩を組んで来る。


 …そういえばここ数日は夕菜や日向の事にばかりかまけていて、彼とあまり話をしていなかった。たまには男同士の友情を深めるのも悪くない。彼も大切な俺の友達の1人なのだ。日向を誘うのはまた明日以降にしよう。


 そう思った俺は彼の誘いを承諾した。2人で肩を組んだまま教室を出る。


「あっ、陽平!」


 ところが俺たちが教室を出た所でちょうど日向と鉢合わせしてしまう。彼女は俺たちが肩を組んでいる姿を見てキョトンとした顔をしていた。


 う゛っ…もしかして変な奴だと思われたかな? 


「もしかしてその子が昨日言ってた友達?」


「えっ? あっ、うん。そうだよ」


 そういえばそんな話をしてたなぁ。彼女がコミュ障の俺に「高校で友達はいるか?」と心配して、俺が「友達はいる」と答えたんだっけ?


「こんにちは陽菜ちゃん! 俺は陽平の親友で山田和正と言います! 以後、お見知りおきを!」


 和正は俺と組んでいた肩を速攻で外し、キリっとした表情になると日向に自己紹介を始めた。


 …ゲンキンな奴だな。というか彼女はもうアイドルを辞めたんだから芸名じゃなくて本名で呼んでやれよ。


「陽平の幼馴染の京極日向だよ。よろしく! もしかして今から2人でお昼に行くの? 私も一緒していいかな? 陽平の友達の事も知りたいし」


「それはモチのロンでございます。陽平もいいよな? なっ!」


「あ、ああ…」


 和正は俺の肩をバンバンと叩きながら日向の提案を勝手に承諾する。まぁ俺も日向と話がしたいと思っていた所だから別にいいけど。


 俺たちは3人で購買に向かう事にした。


 一瞬チラリと見えた教室の奥から夕菜がこっちをすごく睨んでいた気がしたけど…気のせいだよな?



○○〇



「これまた混んでるな…」


 購買に着くとそこは昨日と同じく沢山の昼食を求める生徒たちでごった返していた。教室の外で話しているうちに出遅れたらしい。


 …なんでみんな購買の方に集まるんだろうな? 食堂の方に行けばいいのに。


「陽平、突っ込むぞ! 俺たちの昼飯のために!」


「…仕方ねぇな。日向は危ないからここで待っててくれ。また俺がなんかパンを買ってくる」


「気を付けてね陽平…」


 俺たちは日向にそう言い残して生徒たちの中に突っ込んだ。他の生徒たちにもみくちゃにされながらもなんとか商品棚までたどり着き、自分の分と日向の分のパンを掴む。


 今日は昨日の反省を生かして菓子パンを掴んだ。女の子はやはりこちらの方がいいだろう。


 俺は購買のおばちゃんに代金を払うと日向がいる場所に戻る。今回購入したのはソーセージドッグとメロンパンだ。俺は彼女に甘いメロンパンを手渡した。


「ほい、今日はちゃんと甘いパンだ」


「陽平…」


「うおっ!? 日向…? どうした?」


 日向は俺がメロンパンを手渡すと何故か抱き着いてきた。


「嬉しい…。私がメロンパン好きなの思い出してくれたんだね」


 えっと…。適当に掴んだのがたまたまメロンパンだったんだけど…日向ってメロンパン好きだったのか。


「いや、たまたま…」


「ううん。多分陽平は意識してないだけで覚えているんだよ。私がメロンパン好きだった事を」


 …そうなのだろうか? 


 自分の中で日向がメロンパンを好きだった記憶などない。しかし身体がそれを覚えていて、無意識のうちにメロンパンをチョイスしたってのは確かにありえる話かもしれない。


「おーい…お2人さん。ここは公衆の面前だぞー?」


「あっ…」


 声のした方を見ると無事パンを購入した和正が戻ってきていた。そうだった。物思いにふけっている場合ではない。ここは公衆の面前なのだ。決して男女が抱き着いていい場所ではない。


 俺は急いで彼女から離れた。ほとんどの生徒は購買の方に夢中で、こちらを見ている生徒がほぼいなかったのは幸いだった。


「私は別に気にしないのに」


「いや、まぁ…節度というものがありますし」


 日向は頬を膨らませた。その仕草も可愛らしい。昼食を購入した俺たちは3人で座って話せる場所を探して移動を始めた。



◇◇◇


真実を追い求めて彼は奔走する。

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