妹に尋ねる

 夕菜と別れた後も俺は混乱状態から立ち直れずにいた。


 まさか夕菜が俺の事を好きだったなんて…。


 ずっと友人だと思っていた女の子からのいきなりの告白に俺は戸惑いを隠せなかった。


 また、本日出会った俺の幼馴染だという美少女・日向も俺の事が昔からずっと好きだと言う。


 加えて幼馴染2人の話の食い違い。今日1日で沢山の事が起こりすぎて俺の頭はパンク寸前だった。…考える事がありすぎて頭が重い。


 精神的にも頭脳的にも疲労を感じていた俺は家に帰ると2階の自分の部屋へ直行した。そして制服も脱がずにベッドに横になる。


 …とりあえず疲れた。だから眠ろう。睡眠を取れば頭の中が整理されて多少はマシになっているかもしれない。


 俺はベッドに横になるとすぐに夢の世界へと旅立った。



○○〇



「ううん?」


 それからしばらくして俺は目を覚ました。窓の外はもう日が落ち暗くなっている。スマホで時刻を確認すると18時だった。確か家に帰って来たのは17時過ぎだったので1時間ほど寝ていた事になる。


 俺はベッドから起き上がるとカーテンを閉め、制服を脱いで部屋着に着替えた。


 睡眠をとったおかげか少しだけ頭がスッキリした…ような気がする。これならなんとか落ち着いて考えがまとめられそうだ。


 俺はベッドの上に腰掛けながら自分の考えを整理する事にした。


 まず…夕菜と日向、2人の女の子の好意に俺はどう対応するかだ。


 2人は俺の事をずっと昔から好きだと言う。夕菜は俺に「付き合って」と要求し、日向は俺を「振り向かせて見せる」と豪語した。


 夕菜の事はいい友人だと思っているし、もちろん彼女の事は「好き」だ。だがその「好き」は「like」なのか「love」なのか。俺にはまだその「好き」の種類の判断がついていなかった。


 なので彼女の気持ちに答えるにはまず自分の中の「好き」という感情の種類を判断しなくてはならない。


 …が、すぐにその判断ができるかと言われると難しい。


 俺には今まで恋人などできた事が無い。昨日まで只のモテない陰キャだったのだから当たり前だ。恋愛的に「好き」という感情が具体的にどのような感情なのか俺はまだ知らなかった。


 日向とはそもそもまだ出会ったばかりで、俺の中で彼女に対する感情が何かある訳ではない。性格もよく知らないしな。


 だから日向の気持ちに答えるにはまず「京極日向」という人間を深く知る必要があると思う。


 記憶を失っている俺には幼い頃に彼女とどんなやり取りがあったのかは分からないが、彼女はずっと俺の事が好きで告白してくれたのだから「お前の事よく知らないから断るわ」みたいな軽い考えで断るのは失礼なように思われた。


 …以上の事から考えて、俺が出した結論は「彼女たちともっと接してから決めよう」というものだった。


 童貞の俺が彼女たちの気持ちに答えるには、まだまだ判断材料が少なすぎたのだ。


 …ヘタレと言われても仕方がない。


 かといって陽キャたちがやっているように「とりあえず付き合ってから決めるわ!」などというのも俺には出来なかった。


 相手が真剣に自分の想いを伝えてくれたのだから、俺も真剣に考えて返したいという陰キャ特有のめんどくさいムーブである。悲しい事に俺にはこういうムーブしかできないのだ。


 …次に俺の幼馴染だと主張する2人言い分が噛み合わない事に関してだが、これに関してはマジでよく分からない。


 2人とも嘘をついている様には見えない。でも2人の話には食い違いがある。


 ぶっちゃけそんな些細な事どうでもいいじゃないかと思うかもしれない。しかし俺はこの謎が解けない事が気持ち悪くて仕方がなかった。自分に当時の記憶がないせいもあるのだろう。この気持ち悪さを払拭するにはこの謎を解くしかない。


 これに関しては引き続き2人の話を聞いてこの謎の解明に務めようと思った。


 ふぅ…とりあえずはこんなところかな。



○○〇



 頭を働かせて腹が減った俺は何か無いかと1階の食堂に降りて行った。母親はまだ帰ってきていないようだ。


 冷蔵庫の中を適当に漁っていると賞味期限の切れたちくわを見つけた。期限は昨日のようだ。1日ぐらいなら…まだ食っても大丈夫か。


 俺はちくわの袋を開けると1つ取りだして口に入れる。…味は問題ないみたいだ。


「あー! アニキ、あたしにも1つ頂戴よ!」


 リビングの方を見ると妹の小夜がソファに寝転びながら、頭だけを出してこちらを覗いていた。


「賞味期限切れてるぞ。いいのか?」


「えぇ…じゃあいいや」


 妹はそう言って渋い顔をすると、こちらに興味を失ったのかTVの方を向いた。俺はちくわを頬張りながら彼女のいるリビングに足を踏み入れる。


「ううっ、陽菜ちゃん…」


 TVでは先週の「京町陽菜・芸能界引退」のニュースをやっていた。小夜は自分の推しアイドルだった陽菜…もとい日向が引退したショックがまだ抜けきらないようだ。


 もし妹に「お前の推しがウチの高校に転入してきたぞ」と言ったらどういう反応をするだろうか? 


 まぁ…こいつの事だから「アニキ…そんなバレバレの嘘をついて何がしたいの? プゲラ!」とめんどくさい事になりそうだから絶対に言わないけどな。


 というか…今更だけど日向って有名なアイドルだったのに、大勢の生徒の前で俺に告白して大丈夫だったのだろうか? 


 ゴシップ雑誌の記者にそれがバレたら大炎上しそうだが…もうアイドルじゃなくて只の一般人だから恋愛しても問題ないの精神なのかな?


「あぁ…陽菜ちゃん。どうして…」


 小夜はソファの上で塩をかけられたナメクジのようにげっそりとしている。俺はそんな妹を見て思い至った。


 そうだ! 俺自身は小学生低学年の頃の記憶を覚えていないが、妹の小夜なら覚えているかもしれない。幼馴染2人の話が食い違う謎が解けるかも?


 そう思った俺は一縷の望みを賭けて彼女に尋ねてみる事にした。


「なぁ小夜、ちょっと聞きたいんだけどさ。俺が小学校低学年の頃に仲良くしてた子って分かる?」


「えぇ? あたしがアニキの交友関係なんて知る訳ないじゃん。アニキが小学校低学年の時ってあたしまだ3歳とか4歳だよ?」


「何でもいいんだ。何か覚えてる事があれば教えてくれ。このちくわやるから」


「いらないよ…。えっとねぇ…ちょっと待って」


 小夜はそう言いながらも難しい顔をして当時の記憶を思い出し始めた。


「そういえば…アニキがいつも一緒に遊んでいた女の子がいた気がする」


「マジか!? それは1人だけ? 複数人じゃなくて?」


「1人だったと思う」


「別々の女の子の可能性はない?」


「ううん、いつも同じ女の子だったよ。髪を肩まで伸ばした可愛い子だったなぁ」


「名前とか憶えてたりしない?」


「そこまでは知らない」


「そうか…ありがとう」


 小夜から貴重な情報が聞けた。俺が当時仲良くしていた女の子は1人だけ。しかも別々の人物という訳でもなく、同一人物であるという事だった。


 …妹の話が謎の解明につながるかと思ったら、謎はまた深まってしまった。小夜の話が真実であるのなら…俺の幼馴染は夕菜か日向、どちらか1人だけという事になってしまう。


 ちなみにその後帰宅してきた母親にも同様の事を尋ねてみたが、母親は俺の幼馴染について何も覚えていないようだった。


 …果たして俺はこの謎を解く事ができるのだろうか?



◇◇◇


主人公はとりあえず現状維持を選ぶ。そんな主人公に対し幼馴染2人はどのような行動に出るのか?

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