幼馴染の中に潜む闇

「それで…あの子から何て言われたの? 聞いたんでしょ?」


 夕菜が俺をこの洋菓子店に誘ったのは、日向から聞いた話を聞くためだった。俺自身もここ2年の付き合いでなんとなくそれを察していたし、それに少しでもそれが自分の中の疑問を解消するための糸口になればと思って話す事にした。


 俺は彼女に日向から聞いた話を少しずつ語った。


 日向も夕菜と同じく俺と小学校低学年の時に出会い遊んだ幼馴染であり、高学年になって転校してしまった事。だが日向も夕菜の事は知らなかった事。


 日向は当時から俺の事が好きで将来結婚の約束をした事、そして今でもその想いは変わっていない事、だから俺にあんな告白をした事などを話した。


 後半部分は兎も角として、前半部分は夕菜の話と食い違う。俺には何が何だかちんぷんかんぷんだった。


 その部分に関して自分の記憶がないのが尚更2人の話の食い違い…疑問が解決しない事への気持ち悪さを助長させていた。例えるならこの気持ち悪さは喉に魚の小骨が刺さって取れない時のそれに似ている。


 この気持ち悪さはこの問題を解決しない事にはさっぱりしないだろう。


「へぇ~あの子、そんな事言ったんだ」


 夕菜はとても真剣な表情をして俺の話を聞いていた。本日2度目の真剣な表情である。


 彼女がここまで真面目な顔をするなんて明日は雨が降るのではないだろうか? いつもは大抵おちゃらけた表情をしているからな。


「夕菜が言ったように最初俺を騙そうとしているのかな? とも思ったんだけど、彼女は嘘をついてなさそうだったよ。それに『俺と幼馴染で結婚の約束をした』なんて嘘をついても日向には何のメリットも無いし」


 …仮に俺の家が金持ちなら「幼い頃に結婚の約束をしました!」と言って嘘をつき、近づいてくる意味はある。だが俺の家は普通の家(どちらかと言えば貧乏寄り)なのだ。


 彼女が俺に嘘をついてまで近づいてくるメリットはない。ならばあの発言は本心。嘘などついていないと解釈するのが正しいだろう。それに彼女が俺に告白した時のあの顔は…とても嘘をついているようには見えなかった。


「ねぇよーへー、もしかしてよーへーは私の方が嘘をついていると疑ってる?」


 夕菜が瞳だけをこちらに向けてそう尋ねる。俺はこちらに向けられた彼女の瞳にゾクリと恐怖を覚えた。


 何故ならその瞳はとても冷たく、底冷えするかのような瞳をしていたのである。


 普段のおちゃらけたキャラからは想像もできない瞳だった。


 それは怒り、俺が彼女を疑う事への怒り。そして失望、自分が疑われた事への失望。はたまた苦痛、哀傷、恐れ…様々な感情を内包している様に思われた。


 俺は慌てて手を振り、それを否定する。俺に彼女を疑うつもりなど全くなかったのだが、誤解させてしまったようだ。


「俺は夕菜が嘘をついているとも思わないよ」


「そう…良かった」


 そう伝えると夕菜はいつもの瞳に戻った。俺はいつもの瞳に戻った彼女に安堵する。


 …正直言って怖かった。まさか夕菜があんな瞳をするなんて…。


「あー…夕菜さん最愛のよーへーに疑われちゃって傷ついちゃったなぁー。これはケーキの1つでも奢って貰わないと一生心の傷として残りそうだなぁー。チラッチラッ」


 …調子の良い奴だ。先ほどまで真面目な顔をしていたと思ったら、すぐにいつもの表情に戻っている。だが俺の配慮が足りなくて彼女を傷つけてしまったのは事実だ。俺はマスターを呼ぶとチーズケーキを1つ注文した。


「えっ、本当にいいの?」


「まぁ…俺は疑うつもりなんて無かったけど、そう思わせちゃったのは事実だし。夕菜はチーズケーキ派だったよな?」


「そうだよ。私は甘すぎるのはあまり好きじゃないんだよね。ありがとうよーへー! 愛してるぅ!」


 マスターはチーズケーキをすぐに持ってきた。夕菜はフォークを取るとケーキに突き刺し、口に入れようとする。しかし彼女はそれを思いとどまり、フォークに刺したままのチーズケーキを見つめた。


 怪訝に思った俺は「どうした?」と彼女に尋ねた。


「いや…昔よーへーがあなたのお母さんの誕生日にここのチーズケーキをプレゼントしようとしたんだけどさ。なけなしのお小遣いでケーキを買ったのはいいんだけど、店先でこけてケーキが潰れて大泣きして、それをマスターに新品と交換して貰った事件があったのをこのチーズケーキを見て思い出しちゃった」


「えっ? 俺そんな事してたの?」


 当然だが俺にその当時の記憶はない。俺はたまたま隣にいたマスターの顔を見た。


「あー…そういえばあったねぇ。もう10年ぐらい前かな?」


 マスターもそれを覚えていたらしく、当時を懐かしむような表情をしていた。


「すいません、俺そんな事をしてたんですね。その時の代金、余分に払います」


 ただでさえ昨今は経営が厳しいのに、売り物のケーキを1つ無料で渡したとなれば店にとっては手痛い損失だろう。俺はこの店にこれからも続いて欲しいのだ。


「いいんだよ。それよりもこれからもうちの店を贔屓にね」


 マスターはそう言うと笑いながら去って行った。なんか申し訳ない事をしたなぁ。


 これからもこの店に通い続けて金を落とそうと俺は誓った。


 …でもそんな事まで覚えているなんて、やはり夕菜は俺の幼馴染で間違いないのだろう。幼馴染でない人間がそんな事を知っているはずがないからな。


 しかしながら…彼女と話す事で何か疑問が晴れるのではないかと期待したが、俺の疑問は逆に深まってしまった。


 夕菜も日向も嘘をついていないとすれば、一体何が真実なのだろう? 



◇◇◇


ますます深まる主人公の疑問。真実は一体?

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