幼馴染とお昼

 続く3限目の休み時間も俺は日向から詳しい話を聞こうとしたのだが、今度は向こうが移動教室だったらしい。お互いの予定が噛み合わずに中々彼女を捕まえられずにいた。


 そして4限目が終わり昼休みとなる。昼休みなら流石に教室にいるだろうと俺は1組に向かい、クラスメイトたちに囲まれている彼女を捕まえ昼食に誘った。


 やはり元アイドル…というか容姿が桁違いに良いだけあって、彼女はすでにクラスの人気者のようだった。


「お昼? 陽平から誘ってくれるなんて嬉しいなぁ。行く行く!」


 彼女は他のクラスメイトの昼食の誘いを断ると笑顔で俺の誘いに乗ってくれた。


 日向は弁当などは持って来ていない…という事だったので、俺は彼女を学校案内がてら購買部へと連れて行った。ちなみに俺も昼食は購買で何か買うタイプである。


 購買部に到着するとそこにはすでに大勢の生徒が己の腹を満たさんと争いを繰り広げていた。昼食争奪戦争に少し出遅れてしまったようだ。


「うわぁ…こういうのは東京もここも変わらないんだね」


 日向はその光景を見て感心したような顔をしていた。どうやら東京の学校でも昼食時の購買は似たような感じらしい。


 このままでは俺たちは昼飯抜きになってしまう。俺は急いで購買に群がる生徒たちの群れに突撃した。腹の減った生徒グールたちを掻い潜り、商品棚にある適当なパンを2つ掴むとレジの方に持って行く。


 飯はなんとか確保できた。飲み物は自販機で買えばいいだろう。俺は日向の元に悠々と凱旋した。


「ふぅ…なんとかなった。えっと…日向はどっちがいい?」


 俺は購入した2つのパンを彼女に提示した。彼女の好みを知らないので、どっちがいいか選んで貰おう。


 俺が購入したのはコロッケパンと焼きそばパンだった。どちらも男の子が好きな総菜パンだ。


 だが俺は自分が購入したパンを見て改めて「しまった…」と後悔した。


 日向は女の子なのだ。女の子相手ならもっと甘い菓子パンの様な物を買って来るべきだった。…まぁ選んでいる余裕などなかったのだが。


 女の子とあまりコミュニケーションを取った経験が無いのがこういう所で響いてくる。


 夕菜は例外だ。あいつはむしろ焼きそばパンのような塩辛い総菜パンを好んで食べる。例えば俺が焼きそばパンを買ってくると夕菜は嬉々としてそれを取る。その感覚に慣れていたせいもあるのだろう。


「ごめん…。こういうのしか取れなかった」


 俺が謝罪すると彼女はクスクスと笑った。


「そんなの気にしなくていいのに。私も総菜パン好きだよ。美味しいよね。じゃあ…焼きそばパンの方を貰おうかな? 代金はいくら?」


 …気を使わせてしまったかな? 次からは気を付けよう。俺たちは自販機で飲み物を買うとゆっくりと話せる場所…他の生徒がいない空き教室に移動した。



○○〇



「いっただっきまーす♪ うーん…このジャンキーな感じがいいよね♪」


 まずは腹ごしらえという事で俺たちは購入したパンを食す。日向は焼きそばパンにその小さな口を開けてかぶりつき、美味しそうに食べていた。


 …仮にもトップアイドルだったのだから150円の焼きそばパンよりもっと良い物食ってるだろうに。


 食べるのに夢中で本人は気づいていないのか、彼女の口元には焼きそばの青のりがついていた。


 俺はそんな彼女の姿に苦笑しながら青のりのついている口元を指さした。彼女はやっとそれに気付いたようで、頬をサッと赤く染めると口元をハンカチで拭った。意外と天然らしい。


「あはは…恥ずかしい所を見られちゃったなぁ」


「それで日向、今朝の話なんだけどさ。もっと詳しく話を聞かせて貰えないかな? その…申し訳ないんだけど俺は昔の事を全然覚えていないんだ」


「そうか…陽平は忘れちゃってるんだったね」


 彼女が焼きそばパンを食べ終えたのを見届けた俺は思い切って話を切り出した。俺が話を切り出すと彼女は寂しそうな表情をして、ポツポツと話し始めた。


「うーん…どこから話せばいいかな? 私と陽平は…小学校低学年の頃かな? その頃に仲良くなって…学校が終わったらいつも一緒に遊んでたの。で、当時から君の事が好きだった私が告白したら君はOKをくれたからさ。だから将来結婚しようねって約束して…」


 小学校低学年の頃? 俺が夕菜と一緒に遊んでいた時期と被るな。でもだとしたら夕菜が日向の事を覚えてそうだけど…夕菜は覚えてないと言っていた。


「ごめん、ちょっと話をぶった切って悪いんだけど…当時の俺って日向の他には誰と仲良くしてた?」


 もしかしたら日向の方は夕菜の事を覚えているかもしれない。そう思った俺は日向に尋ねてみた。


「当時の陽平? う~ん…陽平と私ってだったから学校の中までは分からないけど…でも陽平ってすっごいコミュ障だったからあまり友達なんていなかったんじゃないかな? 私が放課後陽平に会いに行くといつも1人でいたし。だから当時仲が良かったのは私1人だけだと思うよ。あっ、そう言えば高校で友達はできた?」


 何という事だ。俺は当時からコミュ障だったのか。衝撃の事実を幼馴染(と思われる女の子)から暴露されてしまった。しかも現在は友達がいるのかと心配もされてしまい、少し恥ずかしくなる。


 でも日向の話を聞く限りでは彼女も夕菜の事は知らないと思われる。よく俺と遊んでいたならお互いに相手の事を覚えていてもよさそうなのにな。両者とも俺の幼馴染は自分1人だけだったと主張している。


 一体どういう事なんだ…? 謎は深まるばかりだ。


 俺が日向に「高校では友達いるよ」と伝えると彼女は「良かった」と安心したように笑った。


 …彼女は俺がコミュ障な事を知っていた。これは俺の性格を知っていないと分からない話だ。それに先ほどの安心したような笑顔から察するに俺の事を本当に心配していたように見える。とても彼女が嘘をついている様には思えない。


 日向は話を続けた。


「でもね、私の親の都合で東京に引っ越さざるを得なくなったの。それが小学校4年生の時ぐらいかな? それで私は東京に引っ越したんだけど、それでも君の事を忘れた日は無かったよ。そして高校3年生になった今、もう片方の目的を果たしたから満を持して君の元に約束を果たすために戻って来たという訳!」


 …高学年になってすぐ引っ越したのは夕菜と同じか。日向から話を聞いて彼女との関係をどうするか判断しようと思ったが、ますます俺の頭は混乱するだけだった。


「でもいきなり結婚の話をされた時はびっくりしたよ。その…離れている間に気持ちは変わらなかったの? 所詮はガキの約束だし…。ほら、芸能界ってイケメンとか一杯いるでしょ?」


 俺は日向にそう尋ねた。ここも疑問だった。彼女のような美少女が俺と結婚するメリットが無さすぎる。


「ううん、全然。私の気持ちは10年前のあの時まま変わらないよ。私は陽平の事が好き! 大好き♡ 好きな人と結婚したいと思うのは当たり前じゃない!」


 彼女はそう断言し、とびっきりの笑顔で笑った。俺は彼女の特大の笑顔と迷いのない告白に思わず頬が熱くなってしまう。…本気でなければこんな顔はできないだろう。


 キーンコーンカーンコーン!


 と、そこで昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。…そろそろ教室に戻らなくてはならない。彼女は椅子から立ち上がり、教室の出口へと向かう。


「陽平は残念ながら忘れちゃってるみたいだけど…問題ない。もう1度私に振り向いて貰えば良いだけだから。そしたら陽平も昔の事思い出すかもしれないし。だから…覚悟しておいてね陽平♪ じゃあ、またね!」


 彼女は俺をビシッと指さしてキメポーズを決めると空き教室を後にした。



◇◇◇



両者の言い分を聞いた結果…ますます真実が分からなくなり混乱する陽平であった。陽平はどう行動するのか?

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