もう1人の幼馴染の牽制

「その…私と陽平はね。幼い頃、結婚の約束をしたんだよ。私はその約束を果たしに戻って来たの!」


「え゛?」


「「「「「ええーーーーーーーーーー!?」」」」」


 彼女の爆弾発言にそれを聞いていた周りの人たちは皆驚愕した。彼女のいきなりの告白に俺の頭も混乱する。


 結婚の約束って…? 結婚ってあの「結婚」の事か? お互いに契りを交わす事で法律上認められる男女の夫婦関係の事…で間違いないよな?


「陽平てめぇーーーー! 陽菜ちゃんとそんな約束してたのかよぉ!!!」


「ええっ、陽菜ちゃん…俺ずっと憧れてたのに」「陽菜ちゃんがアイドル引退したのって長岡と結婚するためだったって事?」「おのれ…許すまじ長岡」「あいつ、佐々木さんだけに飽き足らず陽菜ちゃんまでも…。チクショー!!!」「あんな奴のどこがいいんだ…」


 俺の隣にいた和正がキレて胸倉を掴んで来る。周りにいた連中もある事ない事吹聴し始め、収拾がつかなくなってきた。


「えっと、ひな…」

 

 キーンコーンカーンコーン!


「おい、お前らとっとと教室の中に入れ! もうチャイム鳴ったぞ」


「あっ、チャイム鳴っちゃった。陽平、またね!」


 俺は日向に詳細を聞こうとした。しかしそこで丁度始業ベルが鳴り響き、2限目の現社担当である担任の堀川先生が廊下でたむろしていた俺たちに早く教室の中に入れと声を荒げる。


 俺たちは教師の指示に従い、渋々教室の中に入った。


 …日向から話を聞けなかった。一体どういう事なんだ? 俺と彼女が幼い頃に結婚の約束をした?


 俺は日向の衝撃発言が気になり、授業中ずっと上の空でその事を考えていた。


 そうしているうちに2限目の授業が終わる。俺は今度こそ彼女から詳しい話を聞こうと1組の教室に向かおうとした。


 だが夕菜に肩を掴まれてそれを止められてしまう。


「よーへーどこ行くの? 次移動教室でしょ? 早く移動しないと間に合わなくなるよ。化学の松村遅れるとうるさいし」


 そうだった。次は移動教室だった。…仕方ない、2限目の休み時間に聞くのは諦めよう。


 俺は机の中から化学の教科書とノートを取り出すと彼女と一緒に化学室へ向かった。


「なんか大変な事になってたね」


 化学室に向かう途中、夕菜がいつになく真面目な顔をしてそんな事を言ってくる。彼女も先ほどの一部始終を見ていたのだろう。


「俺もびっくりしたよ。未だに頭が混乱したまんまだ。彼女が幼馴染で結婚の約束をしていたなんて…」


「うーん…。よーへーの幼馴染だった私からするとさ、彼女…京極さんだっけ? 当時あんな娘いたかなぁ…ってのが正直な感想」


「えっ?」


「だってさ。よーへーと幼馴染って事は私とも幼馴染のはずじゃん。私とよーへーは小さい頃いつも一緒に遊んでたんだから。でも私、あんな娘がいた記憶ないんだよね」


 俺と小さい頃よく一緒に遊んだ幼馴染…らしい夕菜は日向の事を知らないようだった。俺の頭は彼女の言葉を聞いて更に混乱する。


「私も初対面の人の事をあまり悪く言いたくはないんだけど…彼女、嘘をついてる可能性もあるんじゃないかな?」


「…嘘? なんで?」


「それは私も分からないよ。でも彼女東京でアイドルをやってたんでしょ? そんな娘がいきなりアイドルを辞めてこんな田舎町に『結婚の約束をした幼馴染に会いに来ました』っておかしくない? 普通はそんなことしないよ。何を企んでいるのかは知らないけどさ、用心しておいた方がいいと思う」


 夕菜と話しているうちにいつの間にか化学室の前に到着していた。彼女がガラリと扉を開け、俺たちは教室の中に入り自分たちの席に着く。


 夕菜は俺の方を心配そうな目で見ながら続けて口を開いた。


「私はよーへーが心配だよ。だから…私の言う事を信じて! 有名なアイドルだったかどうか知らないけどさ、あんな娘の話をむやみに信じちゃダメだよ!」


「夕菜…」


 彼女は純粋に俺の事を心配してこのような忠告を言ってくれているのだろう。俺は良い友人を持ったと少し誇らしくなった。


 確かに夕菜の言う事も一理ある。


 俺は何の変哲もない只の陰キャ高校生…それに引き換え、日向は先週まで今を時めくトップアイドルだった。常識的に考えてそんな娘がわざわざ陰キャの俺に会いにこんな田舎町に来るだろうか?


 …だが同時に疑問に思ったのが、日向に俺を騙して何かメリットがあるのかという点。あんな公衆の面前で「俺と結婚の約束をした」と言って嘘をついても彼女に何の得もないように思える。


 特に日向は「元」とはいえアイドル。彼女はわざわざ自分の人気を下げるような発言をしているのだ。そんな発言をして一体何になるというのか?


 俺は色々と考えた末に…やはり日向からも詳しい話を聞いてみる事にした。


「夕菜、ありがとう。でもやっぱり日向からも話を聞いてみるよ」


「よーへー…」


 夕菜は俺の出した答えにとても悲しそうな顔をする。彼女のこんな悲しそうな顔を見たのは初めてだった。俺はそんな彼女の頭をポンポンと叩いた。


「わぷっ…」


「大丈夫、大丈夫。俺も日向の話を鵜呑みにはしないよ。ちゃんと合理的に考えて判断するし、なにかおかしい所があれば日向とは距離を置く」


「そういうの…ズルい。そう言われると私は何も言えなくなっちゃうじゃん。…何かあったら絶対に私に相談してね。私はいつでもよーへーの味方だから!」


「ああ」


 夕菜と話していると3限目開始のチャイムが鳴った。白衣を着た化学担当の教師が化学室に入って来る。俺は一旦気分を切り替えて授業に集中する事にした。



◇◇◇


幼馴染の衝撃発言ともう1人の幼馴染の忠告。一体どちらの幼馴染の言葉が正しいのか?

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