まさかの転校生

 週が明けて月曜日、学校に登校するとなにやら教室が騒がしかった。俺は「何かあったのかな?」と疑問に思いながらも、ひとまず重たい鞄を置こうと自分の席に向かった。


 夕菜はまだ来ていないらしい。菜という名前の如く、あいつは朝が弱い。大抵遅刻ギリギリに登校してくる。


「おう、陽平! ビッグニュースだぜ!」


「和正か、どうしたんだ?」


 俺に話しかけてきたこのいかにもお調子者っぽい男の名前は山田和正やまだかずまさ。俺の数少ない友人だ。彼も高校1年の時からの付き合いで、俺とは何かと気が合い仲良くなった。


 この和正と夕菜が高校でよく行動を共にする俺の仲良しメンバーとなる。というか悲しい事に俺にはそれ以外に友達と言えるような奴がいない…。俺は陰キャ故にコミュ力が低く、なかなか友達が作れないのだ。


「実はよ、隣の3年1組にとんでもない美少女の転校生が来るらしいぜ!」


「へぇ…ってか隣のクラスかよ!? ウチのクラスじゃないのか。…みんながガヤガヤしてるのはそれが原因か?」


「ああ! 今はその話題で持ちきりだ」


 高校3年にもなって転校してくるだなんて珍しい人もいたもんだ。一体どういう理由で転校してきたのだろう?


 ウチの高校は日本全国によくあるただの公立高校なので、他校の生徒が転校してくるのにそれほど魅力がある高校とはいえない。ぶっちゃけ俺も家から近いって理由と公立だから学費が安いって理由だけでここに通っているからな。


 親の急な転勤か何かでウチの市に来たとか? そうだとしても高校はあと1年で卒業なのだから、通いなれた元の高校に通った方が良さそうだが…? 


 …まぁ転校生には転校生の事情があるのだろう。


 この時期の転校を少し疑問に思ったが、俺はそれをほどほどにして流す事にした。ウチのクラスの転校生でもないのであまり興味も湧かない。


「それでよ。ここからが更に驚く事なんだが…」


「なんだよ、まだあるのか? 別にいいよ。ウチのクラスに来るわけでもないし」


 和正は近所で井戸端会議を開いているおばさんのように「ちょっと奥さん!」みたいなポーズをするともったいぶった様子で俺にそう言ってくる。


「はぁ…美少女が転校してくるってのに興味薄いなぁお前。ウチの学校でトップクラスの美少女である佐々木といつもイチャイチャしているからそれで満足ってか?」


「別にそういう訳じゃないさ。仮に美少女の転校生が来たとて、別に付き合えたりする訳じゃないし…俺にはあまり関係ないから興味が湧かないってだけだ。…あと俺は別に夕菜とイチャイチャしてない」


「かぁー! 夢が無いねぇ。もしかすると『転校生とは昔遊んだ事のある幼馴染で、その娘はずっと自分の事が好きだった』って展開も1ピコぐらいはあるかもしれないんだぜ?」


「それはラブコメ漫画の読みすぎだ。アレは漫画だから面白くするためにあり得ない展開を採用しているのであって…現実じゃ絶対あり得ないだろ。それに1ピコって…お前も限りなくあり得ないって理解しているじゃないか?」


「そりゃそうなんだけど…夢を持つ事は自由だ」


 和正はドヤ顔でそう述べる。俺は彼の返答に少し呆れた。


「でさ、その噂の転校生なんだけどさ…」


「結局転校生の話続けるのかよ」


 なんだかんだ言ってこいつとしゃべるのは嫌いではない。俺は鞄の中の教科書類を机の中に入れながら彼の話に耳を傾けた。


「実はな…その転校生、先週引退した『煌めき☆小町』の京町陽菜にそっくりだったって証言があるんだよ」


「きらめきこまちぃ…?」


 …ってなんだっけ? なんか最近聞いたような…? 俺は記憶の海にダイブしてそれが何か思い出そうとする。


 …あっ、そうだ! なんか凄い人気のアイドルグループの名前だっけ? で、先週そのグループのセンターが引退会見をしてどうのこうの…というやり取りを妹の小夜としたのを思い出した。


「おっ、流石に『煌めき☆小町』の事は流行に疎いお前でも知ってたか。いいよな、俺は『サジタリウス・ラバー』とか好きだぜ。それに…陽菜ちゃんは俺の最推しメンバーだったんだ! あぁ…プリティマイエンジェル陽菜ちゃん!」


「あ、ああ。なんとか…」


 やべぇ…先週まで知らなかったとは言えない。


「でもガチで陽菜ちゃんがこの学校に転校してくるんだったら凄くね? あの美少女を間近で見られるんだぜ?」


「…他人の空似じゃねぇの? ほら、世界には似た人が3人いるって言うし。先週まで東京でトップアイドルやってた娘がこんな田舎の高校に転校してくるか普通?」


「いや、俺は本人である事にお前の魂を賭けるぜ」


「なんでだよ!? 賭けるなら自分の魂を賭けろよ…」


「はろはろ~! みんな騒がしいけど、どしたん?」


 俺と和正が話していると夕菜が登校してきた。教室の黒板の上についている壁時計をチラリと見る。始業ベルが鳴る1分前だった。相変わらずギリギリの登校だ。


「佐々木、おはよー。実はさぁ…」


「お前らー! 席に着け。朝のHRを始めるぞ」


 そこまで話をしたところで担任の堀川先生が教室にやって来て朝のSHRを始めた。俺たちは先生の指示に従い一旦話を中断し、自分たちの席に着いた。



○○〇



 朝のSHRが終わり、そのままの流れで1限の授業も終了する。俺は1限終了後に少し尿意を覚えたのでトイレに向かった。


 その帰り、何やら俺のクラス…3年2組の入り口に人だかりができている。


 どうしてあんなに人がいるんだろうか? 噂の転校生は3年1組に編入すると聞いているので、1組ではなく2組に人が集まっているのはおかしい。


 俺が不思議に思い、その様子を観察していると教室の中から和正が飛び出してきた。そして俺の姿を見つけるや焦った顔をして話しかけて来る。


「きょきょきょきょきょきょきょ!!!」


「落ち着けよ。どうした? ぶっ壊れたホトトギスの鳴き声みたいになってるぞ」


「ほ、本物の京町陽菜が、お前を…」


「???」


「あっ、やっと見つけたぁ~♪」


 和正のイマイチ要領の得ない返答に戸惑っていると、教室の奥から耳に良く通る澄んだ声が響いた。


 この声…どこかで聞いたような?


 俺はその声のする方に顔を向ける。


 そこにはニコニコと笑う美少女の姿があった。俺は瞬時にその美少女の顔を思い出す。彼女の容姿は先週見た引退会見で俺の脳に強烈に焼き付いていた。TVで見た時よりは地味めのメイクをしているが、見間違えるはずもない。


 その美少女の容姿は和正の言った通り…『煌めき☆小町』のセンター・京町陽菜にソックリだったのである。


「君の幼馴染の京極日向きょうごくひなた。約束を果たしに戻って来たよ! 陽平!」



◇◇◇


ヒロイン2人目の登場でございます。日向と夕菜、これからこの2人が主人公をめぐってどうなっていくのかお楽しみに。

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