第17話 異界の主の正体

前書き

タイトル変更記念に連続投稿。


+++


 切り立った斜面に唐突に現れた石段。傾斜の強い石段は数えるのも億劫なほど高く聳え立ち、濃い霧で階段の先は見えない。これまでとは明らかに空気が変わったのを感じた。


 百段は登っただろうか、やがて辿り着いた『旧大山神社 本社跡』は、これまでの急斜面とは打って変わって山肌を削り取ったように平面の広場となっていた。

 立ち込めていた霧はこの場所だけは急に薄くなっており、全体を見渡すことができた。

 血のような色であちこちひび割れた荒地の奥にぽつんと佇む社殿は、赤い塗装は剥げ、屋根の瓦はボロボロ。まさに"本社跡"という言葉に相応しい、朽ちた神社という様相であった。

 

 そんな社殿の前、数段の石段の上に腰掛けるのは、異形の鬼であった。

 その鬼はみすぼらしい袖のない麻の和装に身を包み、赤黒い肌が目立つ両腕は筋肉が膨張しており、筋が露出している。

 短めの黒髪は風にたなびき、髪の隙間から鬼の象徴である二つの長い角が天に向かって伸びていた。

 鬼は眠っているかのように目を瞑っており、身じろぎ一つしない。


「……よウやくお客人が来ましたカ」


 その鬼は、ゆっくりとその目を開くと、低く耳障りな声でこちらに向かって言葉を発した。


「人の言葉を話す怪異……」


 人の言葉を介す怪異。それはBの力を持つ証左であった。

 そして、目の前の鬼が放つ、今までに経験したことのないほど重苦しく濃密な瘴気。


(下手をすると、A級に届くかもしれないわね……)


 C級怪異の想定で来てみれば、イレギュラーに続くイレギュラー。私が今までのキャリアで討滅してきた怪異はC級まで。B級以上の怪異は遭遇した経験がない。

 ひやりと冷たい汗が額を伝い、緊張で愛刀を握る両手に力が入るのを感じた。


 ちらりと横を見ると、怪斗は相変わらずポケットに手を突っ込んだまま、興味深そうに鬼を観察していた。

 少なくとも怪斗にはこの怪異に全く物怖じしている様子が一切見られないことが、私にとって強い心の支えになった。


「お待ちしてイましたヨ、賀茂雛菊」


 目の前の鬼はゆっくりとその場に立ち上がった。上背は優に2メートルを超えていそうだ。

 その鬼は石段から降りると、驚くことに私の名を呼んだ。


「……なぜ怪異が、私の名を知っているのかしら」

「あァ、この姿ではわカりようがありませんカ。当然ト言えば当然ですネ」


 鬼は噛み締めるように数回頷くと、ゆっくり両の手を仰ぎ開いた。


「ワタシがの名は清川武史!貴女はこの名に聞き覚えがアるはずですネ!?」


 清川武史。確かに朧気ながらであるが、その名前には聞き覚えがあった。


「賀茂嬢。こいつ知り合いか?」

「私の記憶が間違っていなければ、それは清川村の村長の名前よ。彼は、少なくとも以前に会った時は、人間だったはずだけど」

「……村唯一のD級異能士とか言ってた奴か」


 穏やかな村を治める彼は、物腰の丁寧な好青年だった。

 そんな人間がなぜ怪異化し、異界の主となっているのか。


「ワタシは選ばれタのでス!適合しタのでス!力ヲ得テ!ツまらぬ人ノ殻を脱シ!進化シたのでス!」


 鋭く尖る牙を剥き出しにし、興奮した様子で謳う異形の鬼と化した村長。


「人間が怪異になるってのは普通の話か?」


 訝し気に目の前の村長を見ながら怪斗は疑問を口にした。


「……一般人ならともかく、陽属性のマナをもつ異能士は瘴気に耐性があるの。ましてや彼のような中級の異能士が怪異化するなんて、聞いたことがないわ」

「なるほどな?」


 怪斗は何かを考えるように顎を撫でる。そしてにやりと口元を歪め、村長に問いかけた。


「おい、村長さんよ。あんたの力ってのは?」


 怪斗の問いに、村長は今まで狂ったように嗤っていたその容貌をぴたりと止めた。


「そウいえバ、貴方ハ一体ドなたデすかネ?こコには賀茂雛菊ダけを招待シたつモりだっタのですガ」


 ーー招待。

 今回清川村に来たのはJEAで依頼を受注したからだ。指名依頼ではなかったが、この依頼は自分で選んだのではなく、受付で勧められたものであった。

 清川村へは何度も依頼で足を運んでいたから、特に疑問もなく受けたのだけど。


「招待ね。ま、俺はこのお嬢様の付き添いみたいなもんだ。貴族のお嬢様には付き人がいるもんだろ?」

「フむ……?まァ良いデしょウ。上級以上ノ異能士がイま来レるワけもないデすしネ」


 くつくつと笑う怪斗に村長は胡乱げな視線を向けるが、気にすることを止めたようで呟くように口を開いた。


「ワタシにを与えタ男は、商人ヲ自称しテいましたネ。名前ハ名乗らナかったのデ知りませんガ」


 気になる事をいくつも口にする村長。

 しかし、私にはどうしてもこの男に聞かなければならない事があった。


「清川村長。あなたが本当に清川村の村長だというのなら、他の村人たちはどうしたの?」

「おヤ?村人達ならバ、貴女ハ此処に来ルまでニ、会ってイるはズですヨ?」

 

 私の問いに、清川村長はぎょろりと眼を見開き、邪悪そうに口角を歪め牙を剥いた。

 その表情が目に入った瞬間、最悪の予想が私の頭を過り、背筋にぞわりと冷たいものが走った。


 異能士は強い陽属性のマナを持つため、陰属性のマナである瘴気には耐性があり、強い瘴気を受けたところで怪異になることはない。

 目の前に例外こそ存在しているが、異能士は怪異化しないというのが常識である。


 ーーなら、一般人は?

 清川村には異能士は村長しか居なかった。他の数百人の村人はみんな一般人だ。

 陽属性のマナをほとんど持たない一般人は、瘴気への耐性がない。

 そして、普通はいないはずの、女型や子供型の餓鬼達。


「コこに来るまデ、ミんな斬っテきたでしょウ?イチから配下をこサえるのハ大変でスからネ。村人ハ喰わずニ、全て餓鬼にサせてもラいましたヨ!!」


 最悪の予想は、的中した。


+++


後書き

『第6回ドラゴンノベルス小説コンテスト』の"長編部門"に参加中です。

応援のほどよろしくお願い致します!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤高の勇者のプロデュース 湯切りライス @ame-kak

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画