第14話 異界 ②
前書き
本日(4/23)より『第6回ドラゴンノベルス小説コンテスト』に応募させていただきました。
ぜひぜひ応援のほどよろしくお願い致します!
そんな訳で3話連続更新、ラストの3話目。
少し解説多めです。
追伸
早速『第6回ドラゴンノベルス小説コンテスト』週間ランキング、総合・長編共に30位以内にランクインしてました。
詳しいランキングの仕組みはよくわかりませんが、ぜひ一桁ランクインを目指したいところ。
+++
ぬるりという柔らかい膜を通るような違和感の後、異界に足を踏み入れた俺たちの前に広がった景色は、予想していたものと大きく異なるものだった。
「なにこれ……森じゃない?」
「……荒地だな」
血の色に近い赤茶けた地面には木どころか草も生えておらず、所々に罅が入っており、水気を感じずカラカラに渇いている。
山を形取っているのは変わりないようで、登りゆく斜面が続いているが、周囲には深い霧が立ち込めており、10メートル先からは見通すことができない。
視界が取れないならばと感知領域を広げるが、その気になればこの異界程度の規模であれば全域に届くはずの感知も視界同様この霧に阻まれているようで、視界よりわずかに広い程度の距離までしか感知できなかった。
「まずは現状確認といこうか。この霧はどうも感知系統を軒並み阻害するようでな。視界と似たような範囲しか感知できんから、索敵は期待しないでくれ」
「むしろあなた索敵もできるのね?と言いたいところだけど、今回は頼れないみたいで残念だわ。私もその辺全然だし、奇襲に注意しましょう。私からも1つ共有だけど、この異界の地形、蜘蛛系統には見られないものだわ」
刀を中段に構え、形のいい眉を曲げた雛菊は視線のみ地面に向けた。
「想定していた森じゃないから蜘蛛系統ではないだろうってのは見てわかるが……『浄瑠璃蜘蛛』の成長個体が人形系統だって可能性は?」
「いえ、人形系統の異界は何かかしらの人工物……廃屋だったり屋敷だったりするから、人形系統って線も薄いわね」
目の前に広がる禿山に人工物の気配は感じ取れないので、雛菊の予想も頷ける話だ。
「それじゃ、賀茂嬢の予想は?」
「予想している系統は1つあるの。あとは配下が姿を現せば確定できそうなんだけど……」
どこか言葉を濁すように言う雛菊に首を傾げていると、感知に3つの反応が引っかかった。
「ちょうどお客さんが来たようだ」
ほどなくして霧から姿を現したのは、人型の怪異。
その姿は全身の肌が赤黒く、手足が枝のように瘦せ細っており、あばら骨は浮き上がっていた。それ故に前部に出っ張った下腹が異様に目立つ、成人男性程度の背丈の化物であった。
それらは俺たちの姿を目に留めると、嬉しそうに顔を歪めて嗄れた老人のような鳴き声を上げ、3体すべてが雛菊に向かって涎を垂らしながら走り出した。
俺と二人並んでいるのに分かれることもなく明確に雛菊のみを狙う辺り、弱そうに見える方を狙う習性でもあるのか、もしくは
「……やっぱり餓鬼ね」
何かを考えるようにその怪異の名を呟いた雛菊は、身体のマナを高ぶらせていった。
「
高ぶらせたマナが渦を巻く風のように雛菊の周囲を取り巻き始める。渦巻くマナはやがて収束していき、雛菊の全身を鎧のように覆った。
ーーそのマナの鎧の色は、彼女を現す翡翠。
「感知に他の怪異の反応はある?」
「いや、今のところ目の前の3体だけだな」
「そう。なら、こいつらは私がやるわ」
俺としても特に異存はないので目線で雛菊に頷いてやると、雛菊は一足飛びで一番左の餓鬼の背後に回った。
それは音もなく鮮やかな歩法で、背後に回られた餓鬼は反応することが出来ず、そのまま振るわれた横薙ぎの一撃で首を落とされた。
「「ギャー!ギャー!」」
仲間をやられた残り2体の餓鬼が怒ったように叫びを上げながら雛菊に躍りかかるが、雛菊はくるりと反転しながら餓鬼が1列になるように距離を取ると、刀を八双に構えた。肩口の刀身にマナが風のように渦巻いているのが見える。
「
身体を巻き込むように放たれた横薙ぎの一閃から大きな風の刃が放たれ、縦に2体並んだ餓鬼の首を続けて刎ね飛ばした。
首を飛ばされた餓鬼たちはそのまま抵抗することもなく身体が濃紫の塵へと変わっていき、やがてその場に数センチほどの濃紫に濁った小石を残して消えた。
「これが賀茂一族の『風神流』、そして賀茂雛菊か」
『
今の餓鬼はマナの大きさから考えると、恐らくはD級相当の怪異。それを碌に抵抗もさせず一方的に一太刀で切り捨てた雛菊の実力は、卓越した物であると言っていいだろう。
その体裁きや刀術もさることながら、何よりも目を見張るのは、雛菊のマナの扱いの上手さだ。
マナの扱いーー"マナ操術"の練度は、その人のマナ量に基本的に比例するものだが、雛菊の"マナ操術"は彼女のC級というマナ量に比べて圧倒的に熟達していた。
マナ量とは結局のところどれだけマナを圧縮できるかの差であり、つまりは"密度"の差である。
マナの密度を増やすためにはマナ操術の熟達が必須な訳だが、雛菊のマナ操術の練度は、彼女と比べて圧倒的なマナ量を誇る引き籠り使用人の土橋ヒルメに比するものがあった。
むしろなぜここまでのマナ操術を持っていてマナ量がC級に留まっているのかが疑問であるが、もし彼女のマナ量が、彼女のマナ操術の練度に追いついたとしたら。
ーーその時、雛菊の"称号欄"はきっと変わっているはずだ。
俺が使い手候補のお嬢様の未来の可能性に思いを馳せている内に、その当人は3体の餓鬼が残した濃紫の小石ーー
「D級相当の瘴石。いまの怪異は餓鬼に間違いない。ということは、この異界は鬼系統の怪異が主となっているとみて間違いなさそうね」
鮮やかな快勝と主の系統特定という朗報に反して、憂うように雛菊はその整った眉を八の字に曲げた。
「餓鬼だと何か問題があるのか?予想では蜘蛛系統の怪異だったが、別系統の怪異が縄張り争いに勝つことだってあるだろう」
「ええ。確かに主のいない怪異は飢えれば共食いをするし、別種族となればそれは猶更。縄張り争いによって全くの別系統の種族が新たな主となり、異界がそれまでとは別の地形に変化する例も確認されているわ……問題はね。この地域含め、賀茂領では鬼系統の怪異の目撃例が一度も無いってことなのよ」
「目撃例がない?」
怪異は瘴気の吹き出す瘴穴から生殖を経ることなく突如発生するものであるが、何でも無秩序に発生するわけではなく、そこには一定の法則が存在する。
目撃例が今まで一度もないという事実は、この地域には鬼系統の怪異が発生する下地が無いということを示していた。
さらに言えば、清川村からJEAに依頼が届けられた日時から逆算して、数日前までここには『浄瑠璃蜘蛛』の成長個体と見られる怪異が陣取っていたわけで。
「と、いうことは……」
「この大山に鬼系統の、それも異界を展開できるほど強力な怪異が唐突に出現して陣取る事なんて、ありえないの。何か外的要因が無い限りね」
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