第12話 異変

前書き

大変遅くなりました!!

少し見ない間にPVもフォロー数も応援数も★も全部倍増しててびっくりなんだぁ……

そんな訳で本日は感謝の3話連続更新。

こちらは1話目。


追伸

全話細かい体裁を改稿しましたが、内容は変わっていないのでお気になさらず。


+++


 ーー賀茂領 神奈川県 清川村。

 神奈川県北西部にある周囲を丹沢の山々に囲まれた人口約300人程度の穏やかな村だ。

 周囲を人外領域に囲まれているにも関わらず、村内に異能士が1名しか居ない事から定期的にJEAの異能士が巡回を行い、怪異が強く育たないように間引きすることで生活を維持している。

 雛菊もC級の異能士として清川村には何度か訪れたことがあると車中で言っていたが、村に到着しタクシーを降りてすぐ、俺たちはそのに気が付いた。


「見張りが居ない……」


 周囲を木造の塀に囲まれた村の入口、本来なら見張り役の村人が立っているはずのその場所で、雛菊が呟いた。

 何よりも、その無人の門がであることがおかしい。


「それに、静かすぎる……」


 無人の門から村の中に入る。村には木造の平屋が疎らに建ち並んでおり、各家には畑が隣接していた。

 まだ太陽は真上付近で煌々と照っている時間であるので、誰かしら人の動きが見られそうなものだが、視界内には人っ子一人見当たらない。


「普段はもっと賑やかなのか?」

「ええ……以前来たときは、すぐに子供たちが駆け寄ってきたのだけど……」


 雛菊は周囲を観察するように見回しながら、訝し気に眉を顰めた。

 この村の様子に不穏な気配を感じ取った俺は、すぐさまマナと気配の感知範囲を村全域まで広げた。


「……賀茂嬢、悪い知らせだ」


 俺は強張った表情を浮かべる雛菊に目を向け、言い放った。


「この村には、誰もいない。家の中も含めてな」


 雛菊のその少し吊り上がり気味の猫のような目が、大きく見開かれた。


ーーー


 その後、村中を雛菊と手分けして見て回った。どの家も総じて玄関のカギが開いており、中に入る事が出来た。家の中に争った形跡は見られず、生活感がしっかり残されており、少なくともつい最近まで人の営みがあった事が伺えた。

 家の外にいる鶏や豚等の家畜達も無事であり、まるでこの村からような様相であった。


「さて、村に異変が起きているのは明らかな訳だが。賀茂嬢、ここからの方針は?」


 手分けして簡単な調査を済ませた俺たちは、村の中央の広場に集まり今後の方針を話し合っていた。


「……JEA所属の異能士としての立場で考えれば、現状は元々の討滅依頼からは既に大きく外れている状態よ。この場合は可能な限り情報を集めて、JEA横浜支部に報告して指示を仰ぐ必要があるわ。そして、JEAへの報告は先ほど通信で済ませた」

「JEAはなんと?」

「緊急だから賀茂の名前を使って、支部長に直接繋いでもらったわ。JEAとしては、状況が私の手に余る危険性が高いから、横浜支部所属のA級以上のクランに依頼して応援を手配するそうよ」


 何の痕跡も残さず、唐突に300人余りの人間が居なくなったこの状況。

 仮に怪異の仕業とするならば、C級程度の怪異にできる所業ではない。C級相当の主の仕業であれば、主が既に百鬼夜行を構築しており、配下の人海戦術で村を襲撃したとしても、必ず何らかの痕跡が残るからだ。

 ここまで痕跡も残さず、村の人間全員をまるで煙の如く消し去れるような超常現象を起こせる怪異は、最低でもA級、下手すればS級にすら届く可能性がある。

 人為的な事件だったとしても、その場合は組織的な犯行の可能性が高く、やはりC級の雛菊の手に負えるものではない。そのため、JEAはA級以上の怪異に対応できるクランーー複数人の異能士で組まれたチームの事で、異能士同様階級制度がある。A級クランとはすなわち、A級怪異に対応できると正式にJEAによって認定されたクランということだーーの派遣を考えているのだろう。


「だけど、いま横浜支部所属のA級以上のクランはみんなに出払っているから、最低でも派遣に数日はかかると言っていたわ」


 現在賀茂領では隣接する"大怪異"からの攻勢が激しくなっており、前線には賀茂領所属の腕のいい異能士やクランが派遣されているそうだ。雛菊の父である賀茂公爵も、前線で自ら指揮を執っていると聞いている。


「それで?大人しく帰って来いとでも言われたか?」

「……正解よ。すぐに迎えの車を派遣するから、待っていてくれと。明言こそ避けていたけれど、それって要するに、余計な事はするなってことでしょう?」


 渋い表情を浮かべる雛菊。一般の異能士相手なら依頼を変更して偵察任務でも発行しそうなものだが、雛菊は公爵令嬢。JEAとしては万が一があっては困るから、彼女にリスクを犯して欲しくないのだろう。


「妥当な判断だ。だが、賀茂嬢はそう思っていなさそうだな」

「まぁね」


 そう言ってゆっくりと目を閉じ、深呼吸をする雛菊。はとてもこれから撤退するようには見えず、むしろ、その表情は覚悟を決めたかのようであった。


「私がただの異能士なら、安全第一で指示に従うでしょうね。でも、JEAの異能士である前に、私はなのよ」


 雛菊の目に、強い感情の光が灯る。


「賀茂は、護国の剣。民を脅かす全ての存在を屠るために存在する。今この瞬間にも村の人々が危機に瀕しているかもしれない。このまま何もせず放置していれば、さらに多くの民に被害が広がる可能性だってある。賀茂宗家の長女たるこの私が、自らを案じて逃げ帰るわけには、絶対にいかないの」


 それは、強い怒りの炎であった。


「何より、私の大切な領民に手を出しておいて、タダで済ませるものか」


 怒りのままに雛菊は奥強く拳を握り、ギリリと歯を噛み締めた。


「だが、どんなに覚悟があろうと賀茂嬢はC級の異能士に過ぎない。現状が手に余るというのは、賀茂嬢自身が一番理解しているだろう」


 いかに立派な心構えがあろうと、それに力が伴っていなければ意味はない。自身の実力以上の敵に無暗に飛び込むそれは、蛮勇というものだ。


「……JEAの判断は正しいわ。けれど、一つだけJEAも把握していない事がある」

「……それは?」


 雛菊は口元に笑みを浮かべると、ゆっくりと俺を指さして言った。


「あなたよ、怪斗。あなたのマナは相変わらず一切感じられないし、ステータスだってエラーでまともに見えない。でもね、私だって武の道を歩む人間。貴方が相当の実力者だってことは見ればわかるし、なにより、


 まだ正式な契約だって結んでいないし、何度も言うようにこの俺の実力を彼女に見せた事など一度もない。しかし、雛菊のその言葉からは一遍たりとも疑念の余地を感じられず、むしろ確信に満ちていた。


「私に力を貸しなさい、怪斗。たとえ敵がA級だろうと、S級だろうと、賀茂に仇なすならば、私の剣となってその悉くを打ち滅ぼしなさい。まさか、できないとは言わないわよね?」


 翡翠の瞳に炎を灯し、蠱惑的とも言える笑みを浮かべこちらを挑発するように見上げる雛菊。それはとても人に物を頼むような姿とは言えず、何より俺の力に対するその謎の信頼は一体どこから来るのかと聞きたい。


 ーーだが、悪くない。


「生憎俺は守る事は不得手でな。"民を守れ"とでも言われたなら、断ろうと思っていたが」


 そう言って俺は、日常において無駄な気を遣わず生活できるよう、肉体に常に100倍の負荷を掛ける事で身体能力を縛っていた≪身体制限リバース・ギア≫を解除し、覇気を解き放った。

 つまりこれが俺の通常状態ニュートラル。鬼神の如き力が宿ったこの肉体に覇気まで乗せているのだ、異世界あちらの世界の王族ですら腰を抜かしたもんだ。

 当然、目の前に立つ雛菊は相応の威圧感を受けているはずなのだが、この俺の覇気を前に目の前の女は怯えるどころか、むしろその眼に喜びの色すら浮かべやがった。その表情はまるで念願のおもちゃを待つ子供のように輝いていた。


(全く、面白い女だ)


「敵を倒すのは得意分野だ。目の前に立ちはだかる敵は、全て滅ぼしてやろう。それが例え、魔王だとしてもな」


 人には役割ってもんがある。剣は、如何に研ぎ澄ませたところで決して盾にはなれない。それを俺はちゃんとわかっていなかった。それを間違えたから、俺の守りたかったものは、全てこの手から零れ落ちていった。


 俺は、剣だ。目の前に立ちはだかる敵を、全て斬り払う剣。剣ってのは、有能な使い手に振るわれて初めて力を十全に発揮するもんだ。

 だが、今までの俺はなまじ強力だったばかりに、使い手の必要性ってものを感じていなかったわけだが。


 ここにきて初めて、使に興味が沸いた。


「さぁ、賀茂雛菊お嬢さん。この俺をどう使う?」

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